【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
高峰の指先が、有紀の頬から耳の下をすべり落ちていく。


その軌道はどこまでも静かで、丁寧で──けれど、熱を帯びていた。


呼吸の音だけが部屋に残る中、
彼の指はそのまま首筋から鎖骨、そしてお腹へと滑り、
やがてスーツのシャツの裾に辿り着く。


ほんのわずかに、ためらうような仕草。

でもすぐに、その手は意志を宿したように、裾と素肌のあいだへと、そっと指先を差し入れた。


「……っ」



くすぐったさと甘さが入り混じったような感覚に、有紀の背中がびくりと震える。


普段の彼からは想像できないような、
遠慮のない──でも優しい、確かな手つき。


布の下、直接触れた肌を、
指先がゆっくり、なぞる。


その動きには、抑えきれない衝動が混ざっていた。


「……あっ、高峰く…っ、…」


思わず名を呼ぶと、首筋にキスを落とされた。


もう一方の手が、有紀の指を絡め取る。


優しくソファに押し付けるように絡んだ指先に込められた温度が、言葉よりも深く、有紀の胸に染みていく。


その手や唇の温度が、彼の心そのもののように思えた。


「…っ」


(この人に、触れたい。もっと、深く。)


──そんな思いが、互いの瞳の奥に、はっきりと揺れていた。





けれど。



「……っ、ごめん」



高峰がふいに動きを止め、顔を逸らした。


触れていた手を、そっと抜き、額を有紀の肩にあずける。


「はー…」


そして、抑えるように、深く長く息を吐く。


「高峰くん…?」


「……ダメだな、俺。
有紀の前だと……理性が、追いつかない」


押し殺したような声。
自分に言い聞かせるような、静かな言葉だった。


「……ご飯、あっためなきゃ…だよな」


それは、まるで自分自身を宥めるような声音だった。


「え……」


不意に距離ができたことに、有紀の目がわずかに揺れる。


でもすぐに、脳裏に過ぎるいくつかの現実。


──スーツのままだった。

──お風呂も入ってないし、お腹も空いてる。

──何より、まだ今日は帰ってきたばかり。


「……た、たしかに……っ」


小さく息を呑みながら、有紀はそっと自分の指を高峰のシャツから離す。


けれど、触れていた場所の余韻が、じんわりと肌に残っていた。

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