恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
だけど──



最近ふとした瞬間、気づくことが増えた。


元カノの顔も声も、だんだん思い出せなくなってる。


それより、有紀の笑顔や、仕事中の真剣な横顔。


そのほうがずっと、強く心に残るようになっていた。



──この前の飲み会の夜、後輩にふざけて聞かれた。



「高峰さんと佐伯さんって、付き合ってるんですか?」


本当は、動揺してた。



なのに、笑って「親友だよ」なんて、ごまかして。


(……俺はもう、とっくに過去を引きずってなんかいないのに)



気づいてた。


でも、気づこうとしなかった。



それが本心だと認めてしまえば、動かなきゃいけなくなるから。



怖かったんだ。自分の気持ちも、相手の反応も。



でも──もう逃げられない。



あの首筋の痕を見た瞬間、胸に突き刺さった。



真面目な彼女が、あんなに触れさせるほど、心を許しているなんて──想像したくもなかった。



そして、その相手が──黒瀬だというのが、また最悪だった。



どうして、よりによってあいつなんだ。




何を考えてるのか見えない。



いつも飄々として、本心を隠して近づいてくるような、そんなやつに。



(……でも、まだ終わってない)



自分にそう言い聞かせる。



たとえ気づくのが遅くても、想いを届けるのが今からでも、
もう一度彼女に向き合えば、取り戻せるかもしれない。



「親友」って言葉に逃げた自分を、超えていくために。



あの笑顔を──黒瀬なんかに渡したままで、終われるはずがない。



静かに、腹の底に火が灯るのを感じた。
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