恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
案内されたのは、カジュアルなイタリアン。


オレンジがかった照明と、隣との距離が近いカウンター席。


落ち着かないけど、嫌じゃなかった。



「出張、いつからだっけ」


「明日。移動して、クライアントに挨拶して……本番はあさっての午前かな」


「へぇ。高峰と二人?」


「……うん」



グラスを傾けながら、黒瀬くんがこちらをちらりと見る。


深く追及するわけでも、茶化すでもなく。
ただ、目だけがまっすぐだった。



「……緊張してんの?」

「え?」

「顔に出てる。いつもより落ち着きない」

「……気のせい」

「そういう言い方する時点で、気のせいじゃねぇけどな」

「……うるさい」



思わず笑ってしまう。


グラスを持つ手が、さっきより軽く感じた。


ほんと、こういうとこがずるい。


無理に聞き出すわけじゃない。


でも、いつの間にか、ちゃんと心の内に触れてくる。



「……高峰くんに聞かれたと思う?」

「何を?」

「この前の……資料室の時の会話」


何となく、あの時の高峰くんの視線がそんな気がしてしまった。



一瞬の沈黙のあと、黒瀬くんはあっさり言った。


「聞かれたな、あれは」



その目には、"だから何?"と言いたげな色。
私は思わず視線をそらした。



「まあ……でも、気づかれたからって何か変わるわけでもないよね。気まずいけど」

「そうか? 俺は、変わると思ってる」

「……なんで?」

「秘密。敵に塩送りたくねーし」

「……?」



意味がわからなくて首を傾げると、黒瀬くんはふっと笑った。


いつものニヤッとしたその笑み。



前なら何となくムッとしたかもしれないのに──今日は、不思議と悪い気はしなかった。
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