恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「──あの夜のこと、黒瀬くんはどう思ってるの?」
「ん?」
「……軽い気持ちだったなら、ちゃんと言って。そしたら……わたしも、ちゃんと距離考えるから」
言うつもりなんてなかったのに。
でも、黙っているには、あの夜の体温はあまりに鮮やかすぎて。
黒瀬くんは、少し驚いたように目を見開いて。
それから、グラスの中の氷をゆっくり揺らした。
「軽かったら、わざわざこんなふうに誘ったりしねぇよ」
静かな声だった。
いつもの軽口じゃない、まっすぐな言葉。
その一言が、胸の奥にじんと熱を灯した。
「……でも、俺はズルいから」
「ズルい?」
「佐伯が、まだ高峰のこと引きずってるのも、わかってる。
けどそれでも、俺を見ろって言ってんだから──ズルいだろ?」
「っ」
何も答えられなかった。
ほんとは私の方が、ずっとズルいのかもしれない。
彼の言葉に、こうして甘えようとしているんだから。
「……黒瀬くんってさ」
「ん?」
「ほんと、タイミング悪い」
「おい」
「でも、たまにタイミングよく来るのが、もっとややこしい」
「……それ、誉め言葉か?」
「たぶん」
ふたりで笑ったその空気が、
さっきまでのざわつきを、少しだけほどいてくれた気がした。
店を出るころには、夜風の冷たさが少し心地よく感じられて。
明日からの出張が、ほんの少しだけ、こわくなくなった。