恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

出張当日

スーツケースを引きながら駅の改札を抜けると、冷たい空気が顔を撫でた。



今日から一泊二日の営業出張──有紀は、少しだけ緊張していた。

(高峰くんと、ふたりで出張……)


業務上とはいえ、初めての泊まりがけの外出。


慣れない土地で、営業先に出向き、ミスの許されない提案をする。


責任があるし、何より“ふたりきり”というシチュエーションが、変に意識させる。


(平常心、平常心……)


そう自分に言い聞かせながら、ふとスマホに目をやると──


“黒瀬くん”から、メッセージの通知が届いていた。



【出張、気をつけて行ってこいよ】



……それだけの、簡潔なメッセージ。


いつもの彼なら、


「お泊まり出張とか、大人じゃん」とか


「高峰と?何も起きないよう祈っとくわ」とか、


絶対に軽口のひとつやふたつ、つけてきそうなのに──今日は、まったく違っていた。


そのあまりにも素直すぎるひと言に、有紀の胸がふわっと温かくなる。


(……なにそれ、調子くるう…)


出張に行くだけなのに、こんなに気遣ってくれるなんて。


酔った勢いで身体を重ねてから、少しずつ黒瀬との距離感が変わってきているのは、きっと気のせいじゃない。


だけど、こうしてまっすぐに言われると、
なんだか心の深いところが、じんわりと溶けてしまいそうになる。


「佐伯ー!こっちこっち」


改札の先で、高峰が軽く手を振っていた。


いつもと変わらない朗らかな笑顔。


同期として、何度も助けてもらってきた安心感のある表情だった。


「……うん、今行く!」


スマホをそっとしまって、小さく息を吐く。


今日一日、がんばらなきゃ。




(……黒瀬くん、ありがとう)


心の中で小さく呟いて、私は足早にホームへ向かった。
 


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