【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

答えはまだ、出ないまま。

「佐伯さんも、高峰さんもうちの営業部にスカウトしたいくらいだよ」



そう笑ったのは、今回訪問したクライアント企業の社長だった。


にこやかな表情と、熱心に話を聞いてくれる姿に、私はようやく少しだけ緊張を解くことができた。



──初めての出張。



ずっと不安で押し潰されそうだったけど、事なきを得た。



……いや、それどころか、思っていた以上に順調だったのかもしれない。



それはきっと、高峰くんの存在があったからだ。



会議室での彼は、いつもの柔らかい雰囲気とは少し違っていた。



落ち着いた声で、スライドを切り替えるたびに資料の要点を的確に補足し、質問には即座に明快な回答。



数字にも事例にも裏打ちされたそのプレゼンは、相手の信頼をぐっと引き寄せる力があった。



(──さすがだな)



社長や担当者の頷きが何度も繰り返されていく中、私は横でその姿に見惚れていた。


言葉を選ぶテンポも、相手が気を抜いたときの笑顔も、完璧だった。



ほんの少しだけど、私にも「どう?」と視線を投げてくれて、そのたびに緊張が和らいだ。



私の担当部分の説明のときも、絶妙なタイミングでフォローを入れてくれて、
自分一人だったら、きっとこんなにうまくいかなかったと思う。


「お疲れさま」



会議が終わったあと、そう言って微笑んでくれた、そのひと言が、今も胸の奥に残っていた。


けれど──


(……それだけじゃない)



ずっと、頭から離れない言葉があった。



「俺のこと、知ってほしい。
……俺も、佐伯のこと、もっと知りたい」



もし、あの頃の私だったら。



それだけで舞い上がって、眠れない夜を過ごしていたと思う。



……なのに、胸の奥が変にざらついていた。




喜びと、とまどいと、焦りと、なにか言葉にできないもやもやが絡まっていた。






出張から戻った後、職場では相変わらず高峰くんは穏やかで優しくて、みんなの中心にいる人だった。



でも──ほんの少しだけ、私に向けられる視線や言葉の温度が変わったような気がして。



(……うれしい、はずなのに)




思い出すのは、やっぱり黒瀬くんのことだった。



あの夜のこと。



強引に見えて、でも優しく、力強く抱きしめられたこと。



普段より少し低い声で、まっすぐに私の名前を呼んだこと。



でも翌日には、何事もなかったように、いつもの黒瀬くんに戻っていた。
飄々としていて、からかうみたいに笑って。



まるで、私だけが気にしているみたいで。



私だけ、あの日の熱をまだ抱えてる。









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