【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
ミーティングが終わると同時に、有紀はそっとため息をついた。


会議室を出ようとしたそのとき、自分から黒瀬に歩み寄る。


「……あの、さっきは本当にありがとう」


黒瀬は少しだけ目を丸くし、すぐに小さく笑った。



「……急にどうした」

「ほんとに……あのままだったら、たぶんやばかった。完全に焦ってたから」

「らしくなかったな。佐伯にしては」
 


そう言って、ふっと目を細める。


「……ごめん。そして、ありがとう」


有紀がもう一度頭を下げると、黒瀬は軽く肩をすくめた。


「……高峰と、早速デートの約束でもした?」


有紀の足がぴたりと止まる。


「……っ、なんで」

「勘」


にやりと笑うその顔は、いつものからかう表情。


でもその奥には、探るような色がうっすらと滲んでいて──


なんだか、ずるいと思った。



「……でも、好きなやつの前でしくじんなよ」


ふいに声のトーンが落ちる。


「今日のミスは、今カバーしたから。……次は自分で挽回しろ」



その一言が、胸にじんわり染み込んでいく。


(……ずるい)


わかってるくせに、深追いしない。


助けてくれるくせに、優しさを押しつけてこない。



なのに、心に残るのはいつも──黒瀬くんだ。



(どうして、助けてくれるの?)


(どうして、高峰くんとのこと、何も言わないの?)


(どうして、あの日私を、抱いたの?)



『誰に抱かれてるのか、ちゃんと見てて』


そう言って、私の心の奥深くに、存在を刻みつけたのに。



(……欲しい言葉は、くれない)



「……黒瀬くんが、わからないよ…」


背を向けて歩き出し、ポツリと小さく呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく、空気に溶けた。



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