【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
ずるい優しさ
翌日、社内はどこか慌ただしかった。
週末を前に、大口案件の中間プレゼンが控えている。
有紀はいつもより少しだけ早く出社し、パソコンに向かって資料の最終チェックをしていた。
(……よし、完璧。たぶん)
そう思っていた。そう、思っていたはずなのに──。
ミーティングが始まってすぐだった。
先方の担当者からのひとことで、場の空気が一瞬ピリつく。
「……あれ? サンプル比較のデータ、今月分は?」
一瞬、頭が真っ白になる。
(……うそ、入れ忘れた?)
焦ってファイルを確認する手が震える。
指先がもたつく。冷や汗が背中をつたう。
そんな時だった。
「こちらです」
低く、落ち着いた声が隣から響いた。
視線を向けると、黒瀬がいつの間にかサブ画面を開いていて、補足データのスライドを差し込んでいた。
「佐伯さんが朝、追記してたんですけど、スライド反映まで間に合ってなくて。印刷資料にも添付してあります」
さらりとそう言って、有紀に一瞬だけ視線を送る。
──"気づいてたよ"、そう言ってるみたいに。
「……さすがですね、黒瀬さん。ありがとうございます」
「いえ。」
淡々と返すその姿は、まさに“できる男”だった。
けれど、隣に座る有紀の心臓は、さっきからずっと落ち着かない。
(……なんで、わかってたの)
(なんで、なにも言わずに、助けてくれるの)