【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「なにボーッとしてんの。口止まってんぞ」

「……あ、ごめん。ちゃんと食べてるよ」


咄嗟に笑ってみせたけど、内心はざわついていた。



──黒瀬くんは、あの夜も、今も、わたしを優しく包んでくれる。


それなのに、彼は「付き合おう」なんて、ひと言も言わない。


まるで、名前のない関係を保ち続けるみたいに。


(……わたしだけが、勝手に好きになってるみたいで、やだ)


食器の音だけが、静かに響いた。


ふと顔を上げると、黒瀬は黙って、有紀の顔を見ていた。


「……な、なに?」

「いや。何でもない。」

「……見すぎ」

「見てない」

「見てた」


言い合うように交わしたその一言すら、どこかくすぐったくて、苦しかった。



(わたし、こんなふうに笑ってるけど)


(もしこのまま、彼の気持ちがみえないままなら、どうすればいいんだろう)


期待してはいけない。
でも、期待せずにいられない。


“好き”がどんどん膨らんでいくのが、こわい。


「……コーヒー淹れてくる。ミルク砂糖いる?」

「うん。お願いします…」


黒瀬が席を立ち、背中を向けた。


その後ろ姿を、静かに見つめる。


そっと寄り添ってくる手。
からかうように笑っても、優しさが透けて見える声。


(──私のこと、どう思ってるの?)



聞けたら楽になるのに。


でも、聞いたら終わってしまいそうで、言葉にできなかった。



トーストのバターが少し溶けて、皿ににじむ。

手に持ったフォークが、そっと止まる。


(……こんな気持ち、黒瀬くんは知らないままでいい)


「はい」


ぽん、と目の前に差し出されたコーヒーの湯気が、視界を曇らせた。



その向こうに、変わらない彼の笑顔が見えて、ますます、胸が苦しくなった。




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