【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

向き合わないと

月曜日の朝。


洗面所の鏡に、下着姿の自分が映っていた。

胸元に、うっすらと赤く残る痕──
ファンデを軽く重ねても、完全には隠しきれない。


(……やっぱり、ちゃんと残ってる)



シャツを着たら目立たないはず。


会社では、誰にも気づかれないと思う。
……でも、それでも、意識してしまう。



自分の肌に刻まれた、黒瀬くんの痕跡。



──高峰くんとのデートのあとに、黒瀬くんと夜を過ごした。


あのとき、何かに抗えなかった。


黒瀬に触れられるたび、心も身体も、彼に溺れていった。


(高峰くん……)


真っ直ぐに私のことを見て、知りたいって言ってくれた。



誠実な人。やさしい人。


その気持ちを、私は裏切るようなことをしてる。


……でも。


黒瀬くんのこと、ちゃんと「好きだ」って思ってしまった。




(……もう、曖昧にしちゃダメだ)



高峰くんには、ちゃんと話そう。



このまま誤魔化して向き合わなかったら、ずっと後悔する。



鏡の中の自分に、小さく頷いて──
私は、出社の準備を終えた。






通勤電車のざわめきも、会社の入り口も、
全部、いつもと変わらないはずなのに。



心だけが、静かにざわついていた。



(……大丈夫。ちゃんと、仕事に集中……)



そう言い聞かせて、オフィスのドアを開ける。



エアコンの風と共に、慣れた空気が流れ込んでくるのに、
どこか、肌がざわりとした。



そのとき──



「おはよう、佐伯」



声がして振り返ると、そこにいたのは高峰だった。



(……あ、思ったより、普通、かも…)



「おはよう」


「この前はありがとう。楽しかったよ」



変わらぬ笑顔でそう言われて、
有紀も微笑み返す。


「……うん。こちらこそ」


──けれど、その笑みは少し引きつっていたと思う。



高峰くんは知らない。



あの日の夜のこと。


そして──いまの私の気持ちのことなんて。



「顔色、ちょっと悪い?」


「え、あ……ううん。大丈夫!」



気まずさを、慌ててごまかすように笑って、逃げるように給湯室へ向かった。



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