【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

たまには思い出せ

時計の針はもう19時半をまわっていた。



会議資料をまとめながら、有紀はこめかみを押さえて大きく息を吐いた。



(……ダメだ、集中切れてきた)



高峰とのプロジェクトが始まってから、毎日があっという間だった。



やりがいもある。任されるのは嬉しい。



でも──正直、疲れてきた。


高峰くんは、今日は先に直帰。別件のクライアント先との打ち合わせがそのまま外だった。


誰もいない会議室。


少しだけ目を閉じて、背もたれに身をあずける。


「……お疲れ、佐伯」


不意にかけられた低い声に、心臓が跳ねた。


「っ、黒瀬くん……いつの間に……」


「書類とりに戻ったら、まだ明かりついてたから。」


「……そうなんだ」


ふっと笑った黒瀬は、有紀の隣に腰を下ろした。



手元の資料に目を通しながら、ぼそっと呟く。


「……頑張ってんね、最近。ちょっとくらい、手抜けよ」


「手は抜けないよ。任されてるんだもん。高峰くんも一緒だし」


「……へえ」



有紀の言葉に、彼の目が少しだけ細まったのを見逃さなかった。


「別に変な意味じゃ──」


「なんも言ってないけど?」


「……」


口ごもる有紀の表情を面白がるように、黒瀬はわざとらしく身を乗り出す。


「顔、疲れてんのに。……やっぱり真面目だよな、お前」


「ほっといてよ……」


「そういうとこ、嫌いじゃないけど?」



耳元で囁かれて、有紀はびくっと肩をすくめた。


「……もぉ、ほんと、いちいち……」


「ん?」


「……なんでもないっ」


彼をまともに見られなくて、資料に視線を戻す。


なのに。


「はい」


差し出されたのは、缶コーヒーだった。


コンビニで売ってる、一番甘いやつ。


「……なんで、これ」


「疲れてそうだったから。お前、ブラック無理だし」



一言も言ってないのに、何もかもちゃんと覚えてるところがずるい。


「……ありがと」


素直に受け取って、プルタブを引いた。


缶越しに、彼が静かに笑っていた。



「……仕事ばっか頑張ってんなよ。たまには俺のことも思い出せ」


「……っ、何それ……」



甘ったるい缶コーヒーよりも、その言葉がよっぽど甘くて。



有紀の耳まで、真っ赤になった。





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