【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
会議室に、ふたりきり。


エアコンの音だけが静かに響いている。



甘ったるい缶コーヒーを一口飲んで、そっと置いた有紀に、黒瀬はふいに体を寄せた。



「……ちょっと…近くない?」


「誰もいねーし。いいだろ?」



からかうような口調とは裏腹に、その視線は真っすぐで、どこか優しくて。


有紀の胸が、また少し高鳴る。


「……ここ、会社なんだけど。てか、私いま、仕事モードなんですけど?」


「知ってるよ。でもさ──」


黒瀬は、有紀の頬にかかる髪を指先でそっと払った。


その仕草があまりにも自然で、くすぐったくて、有紀は照れながら視線を落とす。


「……そういう顔されると、余計やばいんだけど」

「えっ……?」


見上げた瞬間、黒瀬の顔がすぐそこにあった。


「ずっと我慢してたのに」


ぽつりとこぼすその声に、息を呑む。
指先が、有紀の頬から顎へとそっと滑る。


「頑張ってるの、知ってるよ。……でも」



唇がふれる直前、その声が低く囁いた。



「最近、有紀と関わんなすぎて、ちょっとむり。」



心臓が痛いくらいに跳ねた。



そして、そっと──軽くキスが落ちる。


触れるだけの、でも、熱を帯びたキス。


ほんの一瞬で離れたその距離に、有紀は呆然としたまま瞬きを繰り返した。


「……黒瀬くん……」


「顔、真っ赤。かわいい」


余裕たっぷりの声に、有紀はハッとして、椅子から立ち上がった。


「っ、だから、会社なんだけどって言ったのに……!」

「怒った?」

「怒ってないけど……そういうの、ずるい……」

「怒ってないんだ?じゃあもう一回していい?」

「しません…!」


私の返答に、いつものように笑って、何事もなかったかのように椅子を引く黒瀬。


でも、さっきの声も、指先も、唇も──ぜんぶ、ちゃんと残っていて。


有紀は、胸の奥がまた甘く疼くのを感じながら、そっと目を伏せた。



(……ほんと、どういうつもりなの…?)







———-まさか、これを彼に見られていたなんて、この時私は、知らなかった。





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