【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

高峰颯真side | それでも、諦めきれない。

クライアントとの打ち合わせが終わって、直帰予定だったけど、気づけば足は会社に向かっていた。


ひとつ気がかりだったのは、会議資料の件だった。



(……佐伯、ちゃんと休めてるかな)


出るとき「大丈夫」って言ってたけど、最近はずっと忙しくて。


肩に疲れがにじんでたのが、どうにも気になっていた。

 

夜のフロアは静かだった。


照明の落ちたデスクスペースの向こう、会議室の灯りだけがまだついている。

 

(……やっぱりいた)


そこに向かって歩き出した、そのとき。

 
ふと足を止める。


会議室のドア横の、ガラスの壁。その向こう。

 
──並んだふたつのシルエットが、うっすらと浮かんで見えた。

 
椅子に座る佐伯。


そして、その隣に腰を下ろしている、背の高い男。
その距離は、どう見ても"仕事仲間"のものじゃなかった。

 
一瞬、何かを話しているような動きが見えたあと──


男の肩がわずかに動いて、ふたつの影が重なった。

 
(……)


一瞬、胸の奥に鈍い衝撃が走る。

唇が触れたのだと、ガラス越しでもわかった。

 
(……黒瀬、か)


佐伯の顔は見えなかった。
でも、彼女が逃げる様子も、拒むような仕草もなかった。



──ただ、そっとそこにいた。



(……ああ、そういう、関係なんだ)


喉が少しだけ乾いた気がした。

 
佐伯は何も言っていない。
俺が勝手に、勘違いしていただけだったのかもしれない。


でも———



たしかに、あの日、デートで見せてくれた笑顔も、言葉も嘘じゃなかったと思う。


だからこそ、胸の奥に刺さる。

 
(……なんで、もっと早く動かなかったんだろうな)


会社で見せる彼女の頑張り。


まっすぐな姿勢。


それを見守るだけで満足していた自分がいた。


「俺にもチャンスある?」


なんて、あんな中途半端な言葉じゃなく、
もっと本気で向き合うべきだった。



いや、それよりも前から———


 
静かに息を吐き出して、踵を返す。


音を立てずに、フロアを抜けていく中で
心の奥が、じんわりと、鈍く痛んでいた。

 
けれど、顔には出さない。


弱さを見せても、彼女の心が動くわけじゃない。

 
(……彼女が、あいつを選ぶなら、それでも)


それでも。
このまま終わる気なんて、さらさらない。

 
諦めるには、まだ



──気持ちを、ちゃんと伝えられていない。

 

自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと歩き出した。





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