恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「……なにそれ」

「あれ? 違った? 態度でバレバレなんですけど」

「っ……黒瀬くんとは違って、優しいとこ!」


ちょっとムキになって返すと、黒瀬がくくと笑った。


「俺だって優しいですけど?」


「いつもからかってくるじゃん!」


「それは、佐伯の反応がいいから。面白いし。」


「子どもか…!」


そんな他愛ないやりとりに、思わずふっと肩の力が抜ける。張り詰めていた気持ちが、少しずつほどけていく。


(この感じ、なんだろう。楽……かも)


気づけば、ほんの少しだけ気が緩んで、ぽつりと口にしていた。


「ねえ、黒瀬くん」

「ん?」

「この飲み会終わったらさ、飲み直さない?」

「……え?」



一瞬、黒瀬の目が驚いたように見開かれる。
すぐに、にやりと意地悪そうな笑みが浮かんだ。


「お、珍しい。なに、飲みたい気分?」

「そ。今日は……そんな気分」

「……ふーん」


しばらく沈黙があったあと、ふっと息を抜くように笑って、黒瀬が答える。


「じゃあ、付き合ってやるよ。特別に」


その“特別”がどこまで本気なのかはわからないけど、
今はただ、この胸のざらつきを、お酒で上書きしたい。



この軽い気持ちで誘った夜のことを、
何度も思い出すことになるなんて。


その時の私は、想像すらしていなかった。


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