【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「……ごちそうさまでした」


会計を済ませて、店を出たあとも、ふたりの間に言葉は少なかった。


駅までの道を並んで歩きながらも、
さっきの出来事が、有紀の中で何度も再生されていた。


歩幅は合っているのに、心の距離だけが、どこかおぼつかない。



そんな時だった。



「……じゃあ、ここで」



そう言いかけた有紀の言葉を、黒瀬が静かに遮った。



「送るよ」


黒瀬が、有紀よりも少し早く立ち止まってそう言った。


「え?」


「駅までじゃなくて、家まで。タクシー拾うだろ、今日は」


言葉は淡々としていたのに、その横顔は、どこか思い詰めたような表情だった。


「……ありがとう。でも、無理しなくて──」


「無理してたら、言わない」



それ以上は何も言わせないような口調。


(……ほんと、強引)


でも、そのまま否定する気にはなれなくて、


有紀は、黙って頷いた。


すぐ近くの通りで黒瀬が手を挙げると、タクシーが一台、音もなく滑るように近づいてくる。



開いたドアに、先に黒瀬が乗り込む。



そのあとに続いて座席に腰を下ろした瞬間、車内にふわりと静けさが広がった。



重なったままの沈黙。


だけど、それはもう、さっきとは少し違っていた。



言葉の代わりに──今にも触れてしまいそうな、張りつめた空気がふたりのあいだに満ちていた。



(この距離が……今、妙に、苦しい)



目を合わせることも、声をかけることもできない。


けれど心のどこかで、有紀はわかっていた。


今夜、なにかが変わってしまう予感を──


タクシーが静かに走り出す。


外の夜景が窓の向こうに流れていった。



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