【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

重なる指先

運転席の照明がほんのりと灯る中、静かに走るタクシー。


有紀は視線を窓の外に向けながら、心の中で何度も言葉を探していた。



──だけど、どんな言葉も、今の空気にはうまく乗らない気がして。 




だから、ただ静かに座っていた。






そんな沈黙を破ったのは、隣から伸びてきた、黒瀬の手だった。



スッと、何の前触れもなく、有紀の指先に重なる。



「……黒瀬くん?」


驚いたように声を上げると、彼は視線を前のまま、低く言った。


「さわっちゃダメ?」

「……だめって、わけじゃ……」


言い淀むと、黒瀬の手がそっと有紀の指に絡む。 


ゆっくりと、でも確かな力で──指先が、重なる。


心臓が跳ねる。



(……だめなんて、言えないよ)


恋人じゃない。



でも、もう何度も重ねてしまった距離。



「仕事中ずっとさ、我慢してたんだけど」


「……え?」


「ずっと──触れたかった。お前に」



ぽつりと、落とされたその声に、有紀の息が止まった。


「でもさ。お前、ずっと忙しそうにしてたし、仕事好きなのわかるから、案件落ち着くまで待ってた。」



(……ちゃんと見てたんだ、私のこと)



そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。




黒瀬の指が、有紀の手をしっかりと握る。


逃さないように、確かめるように。



「……有紀」


名前を呼ぶその声に、有紀がゆっくりと黒瀬を振り向いた。

 
その目は、どこか切なくて、真剣だった。



「今日、お前を抱きたいって言ったら──やっぱ、だめ?」


耳元で、囁くように伝えられる。


「……黒瀬くん…」


「……返事しなくていい。お前の家、着いたら……拒否するなら、止めてくれていいから」


運転席の向こう、タクシーは静かに進んでいく。


その沈黙の中、有紀の鼓動だけが、耳の奥で大きく響いていた。

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