ハニートラップ
――side.高峰久哉
思った以上に短すぎる滞在だった。
帰り道の空の色も変わらず青くて、温まったばかりの体を冬の風がまた冷やす。
珠桜の頬の熱はまだ引いていない。
――まだ俺のことを考えている。
潮らしく地面から視線が離れない、珠桜の横顔。
そうやって、珠桜が俺で手一杯になっている時だけ安心する。
「弟がごめんね!無愛想で。」
気まずさを断ち切る様に、パッと珠桜が顔を上げる。ぎこちない笑顔だ。
「いーよ。……名前、咲だっけ?」
「うん。桜咲く、の咲。」
「桜咲く?」
(珠“桜”と“咲”でセットになってるのか。)
ぼんやり思っていると、珠桜の声が明るくなった。
「お父さんがお母さんにプロポーズした場所が、満開の桜の木の下だったんだって。それが由来なの。」
――珠桜は、自分のペースで話せる時はちゃんと笑う。
「ちょっとクサい気もするけど……
憧れなんだぁ。」
それから、結構ロマンチスト。
(俊平との綺麗な思い出も、ファーストキスも、
大事に大事にしてたんだろーね。)
……なんて、思ったって今更。
何も知らないで、はにかんで笑う珠桜はやっぱり幼く見えて可愛い。
頬の赤みはもう寒さのせいになっていて、
さっきまで俺で満たされていたはずの心が、静かに離れかけている。
――時間は戻らないし、
焦がれて望んでいた珠桜を縛らない選択肢は、ない。
点々と胸に染みていく気持ちと、雁字搦めになって澱む気持ちが別物なことにも気づかないで、
珠桜の視線を取り戻すために、俺のよりはあったかいその手を握った。