ハニートラップ
phase:36 失恋
――side.高峰久哉
突然の再会に面食らって、珠桜のことを気にするのを忘れた。
関わった女なんていちいち覚えていない。
けど、コイツだけは違う。
『私は彼氏いるって言ったんだけど、久哉が強引に……!』
そう言って、俺と珠桜が出会う原因を作った女だから。
「――帰るね。また、明日。」
消え入る様な珠桜の声。
無遠慮に触れてくる手を払い除ける頃には、珠桜はもう歩き出していた。
「珠……」
「彼女、可愛いね。」
不敵な声に、追いかけようとした足を止める。
杏奈は声色通りの笑顔を浮かべて、上目遣いで俺を見た。
「呼水珠桜ちゃん、だっけ?久哉の“お気に入り”。」
(――なんで知ってる?)
思わず眉がぴくりと動く。
嫌な予感が頭をよぎった。
「弟がね、今年久哉と同じ高校に入ったの。
びっくりしたよぉ。特定の1人を連れ歩いてるって言うんだもん。」
にこやかに歪む目元には悪意が満ちてる。
俺が動揺してるのを面白がる様な顔だ。
「――ね、今日相手してよ。
私の元彼がヤバいやつなの、知ってるよね?」
瞬間、珠桜の顔が浮かんで、血管が切れる音する。
気が付いたら杏奈の肩口を強めに引き上げていた。
血走る目で睨みつけても、杏奈の余裕は崩れない。
震える呼吸を繰り返し、やっとの思いで冷静さを取り戻すと、ゆっくりと杏奈を解放した。
――逆らったところで、珠桜を危険に晒すだけだ。
一度だけ、言うことを聞けばいい。
屈辱に舌打ちして、進まない声を無理矢理喉奥から押し出す。
「……わかった。」
杏奈は満足そうに微笑んで、力の抜けた俺の腕に絡みついた。