ハニートラップ
高峰くんの匂いに混ざる、甘い大人の香水の匂い。
一気に現実に引き戻されて、思わず肩を押し返す。
引き離した後の高峰くんの顔を、ちゃんと見ることはできなかった。
「休んでる間のプリント!……届けに来て。」
ドクンドクンと嫌な気持ちが胸を圧迫する。
「……ちゃんと学校来ないとだめだよ?
そろそろ留年するかもって先生が」
「どうでもいいよ、そんなこと。」
暗く沈んで、冷めた声。
どうしてそんなに投げやりなの?
思わず顔を上げて、高峰くんの顔を見てしまった。
いつもキリッと張っている眉が弱々しく下がって、
余裕と色気に満ちていたはずの目が、崩れそうにぐらぐら揺れてる。
ねぇ、高峰くんは、どうして。
「よくないよ。
……あ、でも、明日から夏休みか。」
唇が勝手に薄く弧を描く。
可笑しくもないのに、乾いた笑いが漏れる。
突きつけられた現実と、目の前の高峰くんの表情がちぐはぐで、
頭の中が整理できない。
「郵便受けに、プリント入れといたから。ね。
――それじゃ、」
弱気な顔した高峰くんの唇が僅かに開いて、何か言おうと息を吸う。
(なんでそんなに、傷付いた顔しているの?)
――聞けなくて、遮った。
「バイバイ、高峰くん。」
緩んでいた腕の中からすり抜けて、気持ちが途切れないうちに背を向けて走り出す。