ハニートラップ

視界がぐにゃりと歪んで倒れ込む。
強烈なのに鈍い痛みが何度も続いて、口の中が血の味で満たされる。


珠桜の足音はもう聞こえない。
今の内に遠くに逃げられたなら、それで。


意識も遠くなってきた時、長い髪を揺らした後ろ姿が俺の目の前に立ち塞がった。


「――もしもし!警察ですか!?
助けてください!知らない人に襲われました!!
場所は――……!」


脳を揺らす、公園中に響き渡るほどの大声。
男2人に向かってスマホを突きつけながら、珠桜が必死に助けを呼んでいる。


朦朧として夢でも見ているのかと思って、緊迫した状況にも関わらずぽかんとした。


“警察”という言葉と珠桜の大声に、拳を振り上げかけていた男達は途端に顔色を変えて舌打ちする。


「――サツはヤバい。今日は引くぞ。」


男達が足早に引き上げていく足音を、未だ実感できず遠くに聞く。


その姿が見えなくなったと思ったら、珠桜がスマホを地面に投げて勢いよくこっちに振り返った。


暗がりで一瞬見えた表情は、寄せた眉を垂れ下げて歯を食いしばる泣きそうな顔。

瞬きする間に珠桜は俺の前にしゃがみ込んで、覆い被さるように首元に腕を回す。
力一杯抱き締められた。

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