ハニートラップ
phase:46 刺す side.高峰久哉
俺が入院している間、珠桜は驚く程普通だった。
「おはよう、高峰くん。
……って言ってももう昼だけど。」
怪我人の布団も容赦なく剥がすし。
「もう、ずっと寝てると後が大変だよ?」
むしろ前より俺に対して“普通”に接してくるようになった。
「朝イチで検査してきたし。
てことで、ハイ。布団戻して。」
「……だめ。プリントがまだ山のようにあるでしょ?」
珠桜はム、と顰めっ面をして、棚からプリントの入った封筒と筆記用具を取り出す。
それから、ごく自然に俺の傍らに腰を下ろす。
触れ合うこともないのに、前より近くなった気がする。
その感覚に胸がそわっとして、安心する。
けど。
病室の外で、パタパタと走る子どもの軽い足音が廊下を過ぎ去っていく。
「こら!“アンナ”!待ちなさい!」
続いて、困っているような母親の声。
珠桜の肩がびくりと揺れて、途端に顔が強張った。
珠桜は、あの日の事件に杏奈が関わっていることを知っている。
それなのに、俺の前で一度もそこに触れてこない。
警察にも杏奈のことは話してないみたいだし。
俺と杏奈の関係を誤解して俺から離れたんだと思うのに、何でもない顔で毎日俺に会いに来るのだって不自然なことだ。
――珠桜につけた傷は、思ってる以上に深い。
珠桜に合わせて“普通”を取り繕いながら、心の底では冷静に珠桜の日常を取り戻すことだけを考える。
そのために、まずは“不安の根源”を潰すと腹を括った。