あなたは狂っている
第一章

中静家

1ヶ月前

午前5時。まだ空は薄暗い。
小さく古いが温かみのある一軒家。
家の横にはシャッターが下りた倉庫のような工場が併設されている。
『中静ネジ』という看板が地面に落ちている。近くには汚れたネジが散乱したまま。
家の台所に明かりが灯っている。
琴美は、眠そうな目をこすりながら、卵焼きを焼いていた。
髪を後ろで一つに結んでいる。
着古したエプロン。
琴美は、卵焼きをフライパンから取り出した。
お弁当箱に詰める。
ご飯、卵焼き、冷凍食品の唐揚げ、ほうれん草のおひたし。
琴美は、もう1つのお弁当箱を開けた。
弟の分だ。朝練用と、昼用。2つ。
琴美は、また卵を割り始めた。


玄関のドアが開く音した。

「ただいま」

父、中静誠が入ってきた。

「お帰りなさい、お父さん」

55歳の誠は汚れたつなぎを着ている。
顔も、手も、油で汚れていた。
工場の夜勤。誠は、疲れた顔で笑った。

「おう、琴美。もう起きてたのか」
「陸のお弁当、作ってたから。お父さんの朝食もあるよ」
「悪いな、いつも」
「何、急に」

琴美は笑った。

「お父さん、顔洗ってきて、汚れてる」

そう言って琴美は自分の頬で誠の汚れている場所を伝えた。

「ああ」

誠が洗面所へ向かった。
琴美はお皿に盛りつけたお弁当と同じメニューをテーブルへ置き、炊飯器をあける。
もわっとした湯気がたち、琴美は香りを嗅ぐのに深呼吸した。
ご飯を茶碗によそっていると誠が戻ってきた。
顔は綺麗になったが、疲労は隠せない。
しかしテーブルにつくと顔がぱっと華やいだ。

「うまそ~だな!」
「古古古米だけど、うまく炊けた気がする」

そう言って少し黄色い白米を誠の前に置いた。

「お前、これ、並んで買ったのか」
「うん!朝から!3時間!」

誠は申し訳なさそうな顔をした。

「あれよ?話題だから食べてみたかっただけ」

(本当は驚くほど安く手に入るからだ)

「琴美、お前、無理すんなよ。母さんが入院してから頑張りすぎだ」
「それはお父さんでしょ」

琴美は笑顔を作った。

「お父さんこそ、無理しないで」
「お父さんは大丈夫だ」

そう言うと誠は手を合わせてから朝食を食べ始めた。


琴美は美味しそうに食べる誠の着ている繋ぎを見た。

「KIRYU」というロゴが入っている。

琴美の胸が、少し痛んだ。
父は、1年前まで自分の会社を経営していた。
小さな町工場。
でも不況と取引先の倒産で、会社は潰れた。
借金だけが残った。
父は、その借金を返すために今は別の工場で働いている。
しかも給料が少しでも高い方がいいと夜勤だ。
体を壊すんじゃないかと、琴美はいつも心配していた。
誠が琴美の視線に気が付いたので琴美は慌てて、弁当作りに戻った。
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