あなたは狂っている

完璧な男

会議室。
大きなドーナッツ型のテーブルを囲んで、10名ほどの社員が座っている。
その後方には椅子が壁に沿って並べてあり、円になるように20名ほどの社員が座っている。
霧生が上座に座り、各部署からの報告を聞いていた。
司会進行の社員がマイクに向かって言った。

「では次、営業二課から」

山田早智子(やまださちこ)課長が立ち上がった。

「今月の売上推移について、ご報告いたします」

若手の女子社員の江本美優(えもとみゆ)が資料を配っている。
全員に資料が行き渡る。
早智子が説明を始めた。

「まず、こちらの表をご覧ください。5ページの――」

早智子が自分の資料をめくった。
そして――顔色が変わった。

「あの……」

早智子が美優を見た。
美優も、自分の資料をめくっていた。
顔が青ざめた。

「申し訳ございません……」

美優の声が震えている。

「ページが……一部、抜けております……」

会議室に、緊張が走った。
早智子が立ち上がった。

「霧生副社長、大変申し訳ございません」

霧生は資料を閉じるが、早智子を見ない。
早智子は焦って深く頭を下げた。
美優も、震える声で謝った。

「申し訳ございません……コピーの際、ページを飛ばしてしまって……」

美優の顔は真っ青だった。
沈黙。
霧生が、ゆっくりと顔を上げて美優を見た。
美優は震えていた。

「何分で用意できますか?」

霧生の声は、冷静だった。
怒気も、非難も含まれていない。
美優は慌てて答えた。

「じゅ、10分あれば用意できます!」

霧生は頷いた。
そして、周りを見渡した。

「では、10分休憩を取りましょう」

霧生はそれだけ言うと会議室を出て行った。
会議室に、安堵のため息が漏れた。

「江本さん!急いで」
「は、はい」

美優は、早智子に促されて会議室を飛び出した。
廊下に出ると霧生がゆったりと歩いているのが目に入った。

「き、霧生副社長……」

美優の声に霧生が振り返った。
背が高く堂々とした佇まい。それだけで存在感がある。
完璧な男。
その言葉はこの男の為だけにあるものなのではないかと美優は思った。
美優は、資料を抱えたまま頭を下げた。

「本当に、申し訳ございませんでした……!」

声が震えている。
霧生は何も言わなかった。
美優は頭を上げられなかった。
怒られる。
そう思った。

「顔を上げてください」

霧生の声は優しかった。
美優は顔を上げた。
霧生が微笑んでいた。
優しい笑顔。
美優は、息を止めた。

「休憩が欲しかったので……助かりました」

美優の目が、見開かれた。
それだけ言うと霧生が歩き出した。
美優は再び頭をさげて、すぐに非常階段の扉へ走っていった。
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