あなたは狂っている
琴美がコピー室でぼーっと大量の印刷物を排出していると美優が走り込んできた。
息が切れている。

「美優?」

美優とは同期入社だった。
研修を一緒に受けたが配属が違く今日まで会っていなかった。
琴美は総務部、美優は営業二課に配属されている。

「こっ、琴美!?」

美優は顔が真っ赤で息も絶え絶えだ。

「大丈夫?どうしたの?」

美優は、資料を抱えたまま答えた。

「コピー、ページ飛ばしちゃって……」

琴美は、美優の手にある資料を見た。

「会議の資料?」
「そう……霧生副社長が出席してる会議で……」

琴美は、すぐにことの重大さを理解した。
完璧な男。霧生副社長はそう言われている男だ。
品があって魅力的だという意見がある一方、冷徹とも言われていて近寄りがたい存在。

「手伝うよ」
「え、いいの?」
「うん、どうすればいい?」
「じゃあ、印刷物をホチキスで留めてくれる?」
「わかった」

美優はすぐさまコピー機にUSBを刺して操作し始めた。

「部数は?」
「30部」
「オッケー」

そう言うと意味があるのか、琴美がスポーツ選手のように手を振り両指を組ませて伸ばした。
コピー機が動き出す。
美優は少しだけ落ち着いたようで、

「琴美、ありがと」

琴美は微笑んだ。

「同期でしょ。お互いピンチの時は助け合わないと」

コピーが次々と出てくる。
琴美はそれを素早く取り、確認しながらホチキスで留めしていった。

「あってる?」

確認の為に1部を渡すが美優は受け取る際に手が震えて落としてしまう。

「落ち着いて」

(そんなに怖かったのか)

と琴美は思った。

「ご、ごめん。なんか興奮してる」
「興奮?」

意外な言葉に琴美が少し驚いた。

「うん。あってる」

その言葉を合図に琴美は次々に出てくる資料をホチ留めしていった。
それを美優がチェックしていく。

「ねえ、興奮ってどういうこと?」

作業をしながら琴美が聞く。

「あ……ごめん。こんなことがあったのに何だか霧生副社長にドキドキしている自分がいて」
「え?」

琴美が顔を上げたと同時にコピー機の音が止んだ。
慌てて残りの資料をホチ留めする。

「30部!ありがとう、琴美」

資料を抱えた美優の顔を琴美が覗き込んだ。

「ねえ、まだ顔赤いよ?」

美優は、ハッとした。
自分の頬に手を当てる。

「あ……」

琴美が心配そうに美優を見た。

「体調悪い?」
「ち、違う……そうじゃなくて……」

美優は恥ずかしそうに俯いた。

「あ、そうだ!今日、お昼一緒に食べない? 私が奢る!」
「いいよ、そんなことしなくて」
「ダメダメ!手伝ってもらったんだから奢らせて!じゃあ、12時にエントランスでね!」

そう言うとバタバタと美優が出て行った。
美優の足音が消えると琴美はいつの間にか終わっていた自分の資料をコピー機から取り出そうとした。

「痛っ!」

その時、紙で手を切ってしまい、琴美の親指から僅かに血がにじんできた。
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