【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜
「お昼のご飯できましたよ、穂貴さん」
私は声をかけながら、テーブルに皿を並べる。
今日のメニューは、冷蔵庫の奥で賞味期限が近づいていた食パンを使ったフレンチトースト。卵液にじっくり浸して、弱火で丁寧にバターで焼き上げた。
バターの香りが空腹を誘う。表面はこんがり、中はふんわりしており蜂蜜を少し垂らす。
穂貴さんの好きな甘さに調整したつもりだ。一週間で少しずつ、彼の好みを覚えていくのが楽しくて、怖い。喜んでもらえたら嬉しい。でも、もし口に合わなかったら……そんな小さな失敗が、私の居場所を揺るがすような気がして、いつも手を震わせながら皿を置く。
料理をしている間、頭の中では彼の顔が浮かび、胸が温かくなるのに、同時に「私で本当にいいのか」という疑問がよぎる。
穂貴さんの優しさが、嬉しくて、痛い。まるで、心の傷口に優しい風が吹き込むような、甘く切ない感覚がする。
「ありがとう。美宙ちゃん……これが終わったら行くね」
穂貴さんの声が、隣の部屋から返ってくる。彼は今、仕事の資料を広げて集中しているのだろう。名前で呼ぶようになったのは、彼の希望だ。
「これから同じ苗字になるのに、藤乃と呼んでいたらおかしいでしょ」
そう、柔らかな笑顔で言われたあの瞬間を思い出すだけで、頰が熱くなる。確かにその通りだけど、私にはまだ実感が湧かない。
如月美宙のままの自分が、藤乃美宙になる日が本当に来るのだろうか。政略の縁談から始まったはずなのに、いつの間にか彼の存在が私の心の中心を占めている。