【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜



「美宙ちゃん、今日のお昼も美味しそうだね」


 耳元で囁かれる声に、ぞわっとした甘い震えが背中を走る。息が首筋にかかり、フレンチトーストの甘い香りが漂うキッチンで、私の頭の中はもう彼のことだけでいっぱいだ。こんなに近くで感じる彼の存在が、嬉しくて、切なくて、どうしようもなく胸が締めつけられる。

 この声が、私の名前を呼ぶ響きが心の奥底を震わせる。名前を呼ばれることなんて今までなかったから新鮮だ。


「は、はい。食パンが、賞味期限近かったのでフレンチトーストにしてみたんですっ……穂貴さん、あの、離していただけませんか?」


 声が上ずってしまう。必死に言葉を絞り出すのが精一杯だ。離れてほしいわけじゃない。むしろ、このままずっと抱きしめていてほしい。でも、こんなに密着されたら心臓が爆発しそうで、耐えられない。

 ドキドキが止まらなくて、足元がふわふわする。穂貴さんの腕の力が、優しくて、でも確かで、私を逃がさない。だけど、如月家の別邸で過ごした孤独な日々を思い出すと、こんな幸せが私に降って湧いたことが、夢のように儚く感じる。

 胸の奥で、喜びと恐怖が激しくぶつかり合い、息が乱れる。離れてほしいのに、離れたくない。この矛盾が、私の心を翻弄する。

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