【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜



 それから食事が終わり、私は穂貴さんに誘われるまま、一階のアトリエへと向かった。
 アトリエは、この家の心臓のような場所だ。同居を始めて翌日、ここで初めて草木染めをさせてもらったときの感動が、今でも鮮やかに蘇る。
 真っ白だった糸が、植物のエキスに浸かり、ゆっくりと色を吸っていく様子。最初は淡く、やがて深みを増し、最後には太陽の光を浴びて輝く姿――それはまるで魔法のようだった。

 穂貴さんの手仕事の一部に触れられたことが、嬉しくて、胸がいっぱいになった。これが布になるんだと思うと、もっと見たい、触れたい、関わりたいという気持ちが溢れて止まらなかった。あの瞬間、心の中で何か新しいものが芽生えた気がした。自分の手で何かを作り出す喜びと、穂貴さんと共有できる幸福感が、孤独だった心を癒す。

 穂貴さんは織り機の前に座り、いつものように穏やかな声で解説を始めてくれた。織り機の名称、糸の種類、そして織り方の手順を、私でもわかるように丁寧に、ゆっくりと。言葉の一つ一つが、彼の情熱を伝えてきて、心が引き込まれる。
 まずは、杼(ひ)というところに糸をセットする。そこから経糸(たていと)の間を滑らせるように緯糸(よこいと)を織り入れる。次に足で踏み板を踏み替えて糸の上下を入れ替え、手元にトントンと糸を引き寄せる。そして筬(おさ)を打つ。


< 39 / 102 >

この作品をシェア

pagetop