【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜


 そんな疑いが、胸を締めつける。作業の手を動かしながら、涙がにじみそうになるのを堪える。穂貴さんが近くで作業している姿を見ると、胸がきゅんとして、もっと近づきたいのに、秘密の壁が邪魔をする。

 それから染色をして、日陰に糸を干す。一通りの工程を終えると次の糸を染める。次は藍染めだ。藍染の染料の元となる原料は、インディゴ色素を含む植物の“藍”だ。藍にもタデ科のものからマメ科のものまで様々な種類があるが、日本の伝統的なのはタデ藍を使う。このタデ藍の葉を乾燥させ、それをさらに発酵させた蒅(すくも)が染料となる。発酵する理由としては溶けない性質だから発酵させて可溶化することで染料にするそう。

 穂貴さんに教えてもらった時、すごく手間がかかっていることに驚いた。よく藍染めって聞くけど……こんなに大変だったなんて、と。心の中で、あの時の感動を思い出す。穂貴さんの情熱的な説明が、私を引き込んだ。

 あの時、彼の目が輝いていて、胸がきゅんとしたのを覚えている。でも、今はそんな思い出さえ、秘密の影で曇る。藍汁をためておく藍甕(あいがめ)に蒅を入れて、微生物による自然発酵や化学薬品を用いて水溶性の染料へと還元させる。
 この一連の工程を“藍を建てる”というらしい。難しくて、何が何だかわからなかった私だけど、少しだけ本とかで読んで覚えた感じだ。

 作業をしながら、穂貴さんの教えを思い浮かべる。彼の声、優しい手つき……それが愛おしくて、胸が痛む。秘密を知ってから、すべてが疑わしく感じるのに、愛情が消えない。この葛藤が、苦しい。藍の色が深まるように、私の想いも深まっているのに、秘密がそれを阻む。


「藍の華が立ってきた……これで染料はできた、と」


 これで糸を入れるんではなく、その前に糸を水につける。水をつけることで染料が染み込みやすくなる。染料に入れる前に穂貴さんにこれでいいか確認をすると、OKをいただけたので藍の染料の中にゆっくりと入れた。
 それを二分ほどでつけると色がついてくるので外に出してしっかり水気を絞る。空気にさらして二分ほどするとうっすらと藍色になっていくのがわかる。

 今回は濃い藍色にしたいので、これを五回ほど続けて水を使って染料を洗い流す。水が透明になるまで洗い、洗った後は水気を絞り、五分酢酸につけて色留めをする。この工程を怠ると色落ちが早くなってしまうらしい。
 その後は乾燥させて、やっと完成する。作業中、集中しようとするのに、頭の中は穂貴さんの顔とお母様の言葉でいっぱいだった。
 妊娠……子供を産むこと。母親になれるのか、自信のなさ。でも、穂貴さんの子なら、きっと可愛い。穂貴さんの優しさを継いだ子を、抱きたい。

 そんな欲求が、心の奥で膨らんでいくのも確かで。葛藤が、手を震わせる。穂貴さんが近くで微笑むのを見ると、胸がきゅんとして、もっと甘えたい衝動に駆られる。


「美宙ちゃん、できた?」

「はいっ、良い色になったかと思います」

「ありがとう。本当だ、美宙ちゃんって筋がいいよ。美宙ちゃんこの仕事向いてるよ」


 穂貴さんの褒め言葉に、胸がきゅんとする。目が優しくて、心が溶けそう。こんな小さなことで喜べる自分が、幸せで、切ない。


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