僕と影と猫娘
「あなた、木の後ろで何をしているの?」

「おともだちと、お話ししてる」


 冬の終わりのある日、夜ごはんの時に、母さんが不思議そうに僕に聞いた。


「おともだち? でも、誰もいなかったよ?」


 母さんは実はたまに木の後ろにいる僕の様子を、こっそり見ていたらしい。

 でも、何もないところで僕が一人で遊んでいるようにしか見えなかったと。


「母さんには、あの子が見えないの?」


 首を傾げたら、一緒にごはんを食べていた父さんが顔を上げた。


「母さんに見えない相手と遊んじゃダメだ」

「僕には見えたよ」


 言い返したら、父さんは難しい顔で黙ってしまった。


「明日、俺が送っていく」

「そう?」


 母さんは頷いて、登園バスの来る場所を父さんに説明していた。

 影が僕の足元でぎゅっと縮こまった。



 翌朝、父さんと手をつないで空き地に行った。

 木の後ろを覗くと、女の子がぴょんと飛び出してきて、僕のお腹にしがみついた。

 つないでいた手を離して、女の子をぎゅっと抱きしめる。


「おはよう。今日は父さんと来たんだ」

「ふにゃ?」


 女の子は僕の後ろを見上げた。


「……猫娘か」

「なー」

「離れなさい。お前とその子は住む世界が違う」

「やだ!」

「ふにゃー!」


 見上げると、父さんは怖い顔で女の子を睨んでいた。

 僕が何か言う前に、父さんは地面に膝を突いて、女の子を引き剥がした。


「にゃー!」


「ダメだ。この子はただの人間だ。考え方も、生き方も、寿命も、何もかもが違う」

「なー、なー! や、やなー! あた、し、ともらち、と、ともだ、ち、にゃー」

「友達にはなれない」


 父さんがきっぱり言って、女の子が悲しい顔をした。


「人間と、それ以外の生き物は、友達にはなれない」

「やら、やにゃ、やだ……!」

「行こう。もうバスが来る」

「やだ、待ってよ父さん! その子は僕の友達なんだ!!」


 けど父さんはそれ以上何も言わないで、僕の腕を引っ張った。

 そのまま、やってきた登園バスに乗せられてしまった。

 悲しくてバスの中でも、幼稚園に着いた後も一人でしくしく泣いたけど、理由は誰にも言えなかった。



 その日の帰り、母さんが


「明日から違うところからバスに乗るよ」


 と言った。


「やだ!」

「ダメです。もう幼稚園にお願いして、手続きしちゃったし」

「やーだー!」


 でも結局ダメだった。



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