窓明かりの群れに揺れる
 「春奈」
 名前を呼ばれただけで、
 胸の奥が、きゅっと鳴った。

 それは懐かしさでも、戸惑いでもなくて、
 もっと単純な――逃げ場のない揺れだった。

 「もうさ、
  “いとこだから”とか、
  “昔から知ってるから”とか、
  そういう言い訳、しなくていいと
            思ってる」

 弘樹の視線が、まっすぐ向けられる。
 逃げ道を塞ぐみたいに、でも優しく。

 「今の春奈が、好きだよ」

 それだけでよかった。
 理由も、説明も、積み重ねなくていい。

 「勝手に東京に来て、
  勝手に頑張って、
  勝手に傷ついて――
  それでも、ここまで来た春奈が」

 言葉が胸に落ちた瞬間、
 何かが、ほどけた。
 達也と過ごした時間。
 優しくて、頼れて、
 「このままでも大丈夫」って
 何度も自分に言い聞かせてきた日々。

 でも――
 どこかひとつ、ずっと空いていた場所。
 そこに誰がいたのかを、
 もう誤魔化せなくなった。
  (……逃げてたんだ)

  “いとこだから”という言葉の陰に、
 自分の気持ちを押し込めて、
 見ないふりをしていただけだった。

 涙が、静かにひと粒こぼれる。
 でも、今回は拭わなかった。

  「……私も」

 それだけ。
 たった三文字なのに、
 今までの迷いも、後悔も、
 手放せなかった想いも、
 一気に、ひとつにまとまっていく。

  (もう、嘘はつかない)

 そう思った瞬間、
 怖さより先に、
 ふっと肩の力が抜けた。

 未来のことなんて、まだわからない。
 嬉しいことも、苦しいことも、
 きっと両方ある。
 それでも――
 この人となら、と思えた。

 春奈は言葉にせず、
 そのまま一歩近づいて、
 弘樹の胸に額を預ける。

 そっと、額が触れ合う。
 呼吸が混ざるほどの距離で、
 互いの体温を確かめ合うような、
 静かな間が流れた――。
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