窓明かりの群れに揺れる
 一方そのころ、弘樹は会社のデスクで
 最後のメールを打ち終えたところだった。

 「……よし、これで今日の分はなんとか」

 時計を見ると、もうすっかり残業の時間帯だ。
 (春奈ちゃん、もう戻ってるよな。
  面接、どうだったかな)

 モニターを消しながら、
 自然とそんなことを考えてしまう。
 帰り支度を手早く済ませて、鞄を肩にかける。

 「お先に失礼します」

 同僚たちに軽く会釈をしてオフィスを出ると、
 夜のビル風が頬をかすめた。
 駅へ向かう足取りは、
 いつもよりほんの少しだけ速かった。
 (今日は、どうだったかな……)

 改札を抜けて電車に乗り込みながら、
 ついさっきまで資料を直していた頭が、
 すぐに春奈のことへと切り替わっていく。

 乗り換え駅のデパ地下で足を止め、
 目に入った惣菜コーナーをしばらく眺めた。

 「……これなら、
  春奈ちゃんも食べやすいか」

 彩りのいい野菜と
 小さめのハンバーグが詰まった
 洋風弁当と、サラダとスープのセット。

 コンビニ弁当より少しだけ贅沢で、
 どこか“都会っぽい
 ”パッケージのテイクアウトを二つ手に取る。

 マンションの前に着き、鍵を開けると、
 玄関の向こうから足音が近づいてきた。

 「……あ、おかえりなさい」

 ドアが開くより早く、春奈の声がした。

 さっきまで部屋着でいたのだろう、
 慌てて羽織ったカーディガンの裾を
 ぎゅっと握っている。

 「ただいま、遅くなってごめん。」

 「はい。
  遅いから……お仕事、大変なのかなって」

 「まあ、ちょっとだけ残業。
  でも、その代わりにいいもの買ってきた」

 弘樹はビニール袋を軽く持ち上げてみせる。

 「お弁当ですか?」

 「うん。デパ地下で買ったレストランの
  お弁当。
  ちゃんとしたご飯、食べたほうが
  落ち着くだろうなと思ってさ」

 「わあ……ありがとうございます」

 リビングのテーブルに弁当を並べると、
 蓋を開けた瞬間、ふんわりといい匂いが
 広がった。

 色とりどりの野菜、
 きれいに盛りつけられたメインと雑穀米、
 小さなデザートまでついている。

 「なにこれ……おしゃれ……。
   駅弁とは、だいぶ違いますね」

 「東京はこういうとこだけ妙に
   充実してるんだよな」

 箸を手にしながら、弘樹が苦笑する。

 「面接、どうだった?」

 聞き方はさりげないのに、
 どこか慎重さがにじんでいる。

 「……うーん、“まあまあ”くらいです。
  言えたところもあるし、
  噛んじゃったところもあるし」

 「“全部ダメだった”って
  感じではないんだ?」

 「そこまでは……たぶん。
  でも、他の人たちもレベル高そうで……」

 「そりゃそうだろ。
  みんな本気で来てるし。
  でも、こうやってちゃんと
  “どうだったか”って振り返れてるだけで、
  十分偉いと思うけどな」

 「……そんなもんですか?」

 「そんなもんだよ」

 あれこれ評価するでもなく、
 ただ淡々とそう言ってくれる声に、
 胸の奥の緊張が少しずつほどけていく。
 一口、二口と弁当を口に運ぶうちに、
 さっきまで固まっていた胃が
 やっと動き始めたような気がした。

 「おいしい……」
 
 「だろ? ここ、
  たまに自分の残業
  ご褒美でも買うんだよ」

 「いいなあ、こういうの。
  東京の“ちゃんとしたご飯”って
  感じがします」
 
 「岩手には岩手の“ちゃんとしたご飯”が
  あるだろ」

 「それはそれ、これはこれです」

 そんな他愛もない会話をしているうちに、
 空になった弁当箱が一つ、
 二つとテーブルの端に寄せられていく。
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