窓明かりの群れに揺れる
 お腹が満たされると、
 不安でざわついていた心も、
 少しだけ静かになった。

 食器を片づけ終わったところで、
 弘樹がふと窓の外に目をやる。


 「……少し、外歩く?」

 「え?」
 
 「今日は、部屋の中だと、
  気持ち詰まりそうだしさ。
  家の前の川沿い、夜けっこう
  きれいなんだよ」

 「川沿い……」

 「変なとこ連れてかないから安心しろって。
  マンションのすぐ前、
  ぐるっと一周するだけ」

 からかうような口調なのに、
 その目はどこか真剣だった。

 「……じゃあ、ちょっとだけ、
  行きたいです」

 「よし。じゃ、上着着ておいで」

 玄関の靴箱からそれぞれの靴を
 取り出しながら、
 春奈は、さっきまで重かった胸の奥が、
 少しだけ軽くなっているのを感じていた。

 少しひんやりした風の中、二人で並んで歩く。

 街灯が川面に揺れて、
 足音だけが静かに響いた。

 
 「東京って、
  夜でもこんなに明るいんですね」

 「岩手とは、だいぶ違う?よね・・」

 「うん。でも……なんか、
  心細くないのは、
  弘樹くんがいるからかも」


 自分で言っておいて、
 春奈は頬が熱くなる感じがした。
 弘樹は、少しだけ目を細めて笑った。

 「そりゃ、従兄としては
  頼られたいところですよ」
  そう言いながら、ふと
  春奈の手に目を落とす。

 「……手、冷たそう」

 「え?」

 「こっち、来て」

 言葉より先に、
 弘樹の手がそっと差し出された
 ような気がした。

 けれどその指先は、
 自分でもハッとしたように、
 すぐさま空中で引っ込められてしまう。

 春奈は一瞬だけ戸惑って、
 視線をその手と弘樹の顔のあいだで
 行き来させた。

 ためらいと、
 わずかな寂しさが胸の奥で揺れて、
 彼女は小さく息を吸い込む。

 それから、
 決心するみたいに一歩だけ近づき、
 引っ込めかけたその掌を、
 そっと自分から握った。

 「……え」

 不意を突かれたように、
 弘樹の表情に戸惑いと困惑がにじむ。

 けれど春奈には、その手のひらから、
 じん、と静かな温度がまっすぐ
 伝わってきていた。

 ぎゅっと強く握られているわけでもなく、
 かといってすぐ離れてしまいそうな
 心許なさもなく――
 ただ、「ここにいるよ」と伝えるみたいな、
 ちょうどいい力加減だった。

 「子どもの頃も、
  こうやって手つないで歩いてたよな」

 「……うん。でも、
  今のほうが心臓うるさい」

 「え?」

 「……なんでもない」

 誤魔化すように笑うと、弘樹の親指が、
 さりげなく春奈の手の甲をなでた。

 その小さな動きだけで、
 胸の奥の火照りは簡単に戻ってくる。
< 13 / 122 >

この作品をシェア

pagetop