窓明かりの群れに揺れる
そのときだった。
ふとした拍子に、弘樹が立ち上がって
棚の上の
メモを取ろうとした瞬間――
指先が軽く棚の角に触れ、
なにかがひらりと床に落ちた。
「ん?」
白っぽいものが、
ふわりと裏返りながら足元に滑る。
さっき春奈が見つけて、
棚の端に立てかけておいた、
あの写真だった。
反射的に、春奈も身を乗り出す。
「あ……」
弘樹が先にそれを拾い上げ、表を見た途端、
動きが止まった。
「……っ」
彼の表情が、一瞬で固くなる。
写真の中の自分と、
ロングヘアの女性を見つめる視線は、
驚きと、少しの痛みと、
諦めが混ざったような色をしていた。
「ご、ごめんなさい。
リビング片付けてるときに、
床に落ちてて……」
「いや、
春奈ちゃんが謝ることじゃないよ」
そう言いながらも、弘樹はしばらく
写真から目を離せない。
沈黙が、部屋の空気をじわじわと
重くしていく。
「……そうか。
ここにあったんだ、これ」
絞り出すような声だった。
「……奥さん。……だった人」
“だった”のところで、
ほんの少し表情が歪む。
「叔母さんから、何か聞いてる?」
「いえ……“一人暮らししてる”って
ことくらいしか」
「そりゃ、まあ、そうだよな」
弘樹は小さく笑おうとして、
うまく笑えなかった。
「つい最近、離婚したんだ。
だから部屋が広くて、
物だけ中途半端に残ってる」
淡々と説明する声の奥に、
まだ片づいていない何かが残っているのが
わかる。
「いろいろあってさ。
お互いに悪いところもあったし、
タイミングも悪かったし……
どっちだけが悪いって
話でもないんだけど」
春奈は、写真から視線をそらした。
聞きたくないわけじゃない。
でも――今、このタイミングで聞くには、
胸の中があまりにもざわざわしすぎていた。
(“好きだった人”の話なんて)
そう心の中でつぶやいた瞬間、
自分で自分に驚く。
(私、いったい何に嫉妬
してるんだろう)
事情を知る権利なんて、
本当はないはずだ。
ここにいさせてもらっているだけの
従妹なのに。
「ごめん。変な空気にしたな」
弘樹は、写真を手の中で裏返してから、
テーブルの端にそっと伏せた。
「隠すつもりはなかったんだけど……
わざわざ話すことでもないかなって、
思ってた」
「いえ……私こそ、
勝手に見つけちゃって……」
声が、自分でも驚くほど小さくなる。
合格の喜びも、東京の夜景も、
さっきまでの夕飯のあたたかさも、
一瞬で遠くへ押しやられてしまったように
感じた。
「春奈ちゃん」
「……すみません。
ちょっと、
頭の整理が追いつかなくて……」
俯いたまま、どうにか絞り出した言葉。
弘樹が何か言いかける気配がしたけれど、
その声を聞く前に、
春奈は立ち上がっていた。
「片付けは、あとでします。
今日は……
先に部屋に戻ってもいいですか」
精一杯、落ち着いた口調を装う。
でも、足元がふわふわして、
床が少し遠くに感じた。
「……ああ。
無理しないで。おやすみ」
背中越しに聞こえたその声は、
いつもより少しだけ低く、かすれていた。
部屋のドアを閉めると、マンションの夜が、
いきなり静まり返る。
ベッドに腰を下ろし、
春奈はぎゅっと布団の端を握りしめた。
(一次、通ったのに。
本当は、それだけで
今日は眠れないくらい
嬉しいはずなのに)
胸の奥で、喜びと寂しさと、
言葉にならないざわつきが、
絡まり合ってほどけないまま
そこに残っていた。
ふとした拍子に、弘樹が立ち上がって
棚の上の
メモを取ろうとした瞬間――
指先が軽く棚の角に触れ、
なにかがひらりと床に落ちた。
「ん?」
白っぽいものが、
ふわりと裏返りながら足元に滑る。
さっき春奈が見つけて、
棚の端に立てかけておいた、
あの写真だった。
反射的に、春奈も身を乗り出す。
「あ……」
弘樹が先にそれを拾い上げ、表を見た途端、
動きが止まった。
「……っ」
彼の表情が、一瞬で固くなる。
写真の中の自分と、
ロングヘアの女性を見つめる視線は、
驚きと、少しの痛みと、
諦めが混ざったような色をしていた。
「ご、ごめんなさい。
リビング片付けてるときに、
床に落ちてて……」
「いや、
春奈ちゃんが謝ることじゃないよ」
そう言いながらも、弘樹はしばらく
写真から目を離せない。
沈黙が、部屋の空気をじわじわと
重くしていく。
「……そうか。
ここにあったんだ、これ」
絞り出すような声だった。
「……奥さん。……だった人」
“だった”のところで、
ほんの少し表情が歪む。
「叔母さんから、何か聞いてる?」
「いえ……“一人暮らししてる”って
ことくらいしか」
「そりゃ、まあ、そうだよな」
弘樹は小さく笑おうとして、
うまく笑えなかった。
「つい最近、離婚したんだ。
だから部屋が広くて、
物だけ中途半端に残ってる」
淡々と説明する声の奥に、
まだ片づいていない何かが残っているのが
わかる。
「いろいろあってさ。
お互いに悪いところもあったし、
タイミングも悪かったし……
どっちだけが悪いって
話でもないんだけど」
春奈は、写真から視線をそらした。
聞きたくないわけじゃない。
でも――今、このタイミングで聞くには、
胸の中があまりにもざわざわしすぎていた。
(“好きだった人”の話なんて)
そう心の中でつぶやいた瞬間、
自分で自分に驚く。
(私、いったい何に嫉妬
してるんだろう)
事情を知る権利なんて、
本当はないはずだ。
ここにいさせてもらっているだけの
従妹なのに。
「ごめん。変な空気にしたな」
弘樹は、写真を手の中で裏返してから、
テーブルの端にそっと伏せた。
「隠すつもりはなかったんだけど……
わざわざ話すことでもないかなって、
思ってた」
「いえ……私こそ、
勝手に見つけちゃって……」
声が、自分でも驚くほど小さくなる。
合格の喜びも、東京の夜景も、
さっきまでの夕飯のあたたかさも、
一瞬で遠くへ押しやられてしまったように
感じた。
「春奈ちゃん」
「……すみません。
ちょっと、
頭の整理が追いつかなくて……」
俯いたまま、どうにか絞り出した言葉。
弘樹が何か言いかける気配がしたけれど、
その声を聞く前に、
春奈は立ち上がっていた。
「片付けは、あとでします。
今日は……
先に部屋に戻ってもいいですか」
精一杯、落ち着いた口調を装う。
でも、足元がふわふわして、
床が少し遠くに感じた。
「……ああ。
無理しないで。おやすみ」
背中越しに聞こえたその声は、
いつもより少しだけ低く、かすれていた。
部屋のドアを閉めると、マンションの夜が、
いきなり静まり返る。
ベッドに腰を下ろし、
春奈はぎゅっと布団の端を握りしめた。
(一次、通ったのに。
本当は、それだけで
今日は眠れないくらい
嬉しいはずなのに)
胸の奥で、喜びと寂しさと、
言葉にならないざわつきが、
絡まり合ってほどけないまま
そこに残っていた。