窓明かりの群れに揺れる
「そうなんだけど」
弘樹は、苦しそうに笑って、
ふっと目を伏せた。
「このまま、何も言わずに“従妹”として
見送ったら……
たぶん、あとで後悔する」
次の瞬間、春奈の身体はぐっと
引き寄せられていた。
胸と胸が当たる距離。
スーツケースの取っ手から手が離れ、
バランスを崩しかけたところを、
両腕でしっかり支えられる。
「……弘樹くん……」
名前を呼ぶ声が、かすれる。
「悪いのはわかってる。
立場とか、タイミングとか、
全部込みで、今こうするのは
ズルいのもわかってる」
耳元に落ちる声は、どこか必死だった。
「でも――」
言葉の続きは、唇で塞がれた。
驚きと戸惑いで、
最初は息をすることすら忘れそうになる。
それでも、
逃げようとしているわけではないことが
自分でもわかってしまって、
気づけば春奈の手は、
彼のシャツの胸元をぎゅっとつかんでいた。
深くない、けれど確かに「好きだ」と
伝えようとしてくるキス。
自分の中にあった揺れや憧れが、
一瞬だけそこに飲み込まれそうになる。
体の奥から、いっきに熱が広がっていく。
(好き……)
はっきりと言葉にしてしまいそうになった瞬間――
頭の片隅で、折れた写真の光景がよみがえった。
(この人には、“過去”があって。
私たちは、いとこで。
私は、これから就活で――)
胸の中で、一気にいくつもの現実が、
雪崩みたいに押し寄せる。
春奈は、反射的に両手を弘樹の胸に押し当てた。
「……いやっ!」
思いのほか強く押してしまったのか、
弘樹の身体が少しだけ後ろに揺れる。
春奈は、その隙にすり抜けるように距離を取った。
「ごめんなさい……!」
掠れた声でそれだけ言って、
慌ててドアノブを回す。
玄関ドアが開き、
冷たい廊下の空気が一気に流れ込んできた。
「春奈」
名前を呼ぶ声が背中を追いかけてくる。
振り返りたくて、でも振り返れなくて、
春奈はスーツケースを引いたまま、
ほとんど逃げ出すように外に出た。
マンションのエントランスを出て、
駅へ続く道。
朝の光はきれいなのに、
景色がやけに滲んで見える。
(何やってるの、私)
一歩進むごとに、
胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。
さっきまで触れていた温度と、
キスの感触と、
弘樹の「後悔したくない」という声が、
頭の中で何度も反芻される。
嬉しかったのに。
嬉しかったのに、
ちゃんと受け止められなかった
信号待ちで立ち止まったとき、
視界の端を行き交うスーツ姿の人たちが、
みんな自分とは関係のない世界の人に思えた。
気づけば、頬を伝って何かが落ちていた。
「……やだ」
思わず指先で拭っても、次から次へと
熱いものがこぼれてくる。
合格の喜びも、弘樹の腕の温度も、
「いとこだから」という現実も、
「元奥さん」という存在も――
全部が一度に押し寄せてきて、
心の中がどうしようもなく溢れていく。
駅に向かう途中、
春奈はとうとうその涙を
止めることができなかった。
弘樹は、苦しそうに笑って、
ふっと目を伏せた。
「このまま、何も言わずに“従妹”として
見送ったら……
たぶん、あとで後悔する」
次の瞬間、春奈の身体はぐっと
引き寄せられていた。
胸と胸が当たる距離。
スーツケースの取っ手から手が離れ、
バランスを崩しかけたところを、
両腕でしっかり支えられる。
「……弘樹くん……」
名前を呼ぶ声が、かすれる。
「悪いのはわかってる。
立場とか、タイミングとか、
全部込みで、今こうするのは
ズルいのもわかってる」
耳元に落ちる声は、どこか必死だった。
「でも――」
言葉の続きは、唇で塞がれた。
驚きと戸惑いで、
最初は息をすることすら忘れそうになる。
それでも、
逃げようとしているわけではないことが
自分でもわかってしまって、
気づけば春奈の手は、
彼のシャツの胸元をぎゅっとつかんでいた。
深くない、けれど確かに「好きだ」と
伝えようとしてくるキス。
自分の中にあった揺れや憧れが、
一瞬だけそこに飲み込まれそうになる。
体の奥から、いっきに熱が広がっていく。
(好き……)
はっきりと言葉にしてしまいそうになった瞬間――
頭の片隅で、折れた写真の光景がよみがえった。
(この人には、“過去”があって。
私たちは、いとこで。
私は、これから就活で――)
胸の中で、一気にいくつもの現実が、
雪崩みたいに押し寄せる。
春奈は、反射的に両手を弘樹の胸に押し当てた。
「……いやっ!」
思いのほか強く押してしまったのか、
弘樹の身体が少しだけ後ろに揺れる。
春奈は、その隙にすり抜けるように距離を取った。
「ごめんなさい……!」
掠れた声でそれだけ言って、
慌ててドアノブを回す。
玄関ドアが開き、
冷たい廊下の空気が一気に流れ込んできた。
「春奈」
名前を呼ぶ声が背中を追いかけてくる。
振り返りたくて、でも振り返れなくて、
春奈はスーツケースを引いたまま、
ほとんど逃げ出すように外に出た。
マンションのエントランスを出て、
駅へ続く道。
朝の光はきれいなのに、
景色がやけに滲んで見える。
(何やってるの、私)
一歩進むごとに、
胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。
さっきまで触れていた温度と、
キスの感触と、
弘樹の「後悔したくない」という声が、
頭の中で何度も反芻される。
嬉しかったのに。
嬉しかったのに、
ちゃんと受け止められなかった
信号待ちで立ち止まったとき、
視界の端を行き交うスーツ姿の人たちが、
みんな自分とは関係のない世界の人に思えた。
気づけば、頬を伝って何かが落ちていた。
「……やだ」
思わず指先で拭っても、次から次へと
熱いものがこぼれてくる。
合格の喜びも、弘樹の腕の温度も、
「いとこだから」という現実も、
「元奥さん」という存在も――
全部が一度に押し寄せてきて、
心の中がどうしようもなく溢れていく。
駅に向かう途中、
春奈はとうとうその涙を
止めることができなかった。