窓明かりの群れに揺れる
8.二度目の上京 ― ホテルの窓と、心の棚
玄関でのキスから、少し時間が経った。
一次通過の余韻も、
涙でにじんだ新幹線の窓も、
日々の予定と締め切りに押し流されるように、
少しずつ遠ざかっていった。
そんなある日、
「二次面接のご案内」というメールが届いた。
(……来た)
胸の奥がきゅっと縮む。
嬉しい、という感情と同時に、
あの東京のマンションのことが
頭をかすめる。
キッチンで
夕飯の支度をしていた母に声をかけると、
鍋の火を弱めて、こちらを振り返った。
「また東京行くの?」
「うん。今度は二次面接。
行きたいんだけど……泊まるところ、
どうしようかなって」
「前みたいに、弘樹くんのところは?」
その言葉に、
春奈の肩がわずかに強張る。
「……今回は、
やめておこうかなって思ってる」
自分で口にしてみて、
ようやくはっきりする。
“会いたくない”わけじゃない。
母は、春奈の表情を数秒じっと見てから、
ため息をひとつ吐いた。
「前に帰ってきたとき、駅で見た顔ね。
就活だけにしては、
ちょっとしんどそうな顔してたから」
「……そんなにわかりやすかった?」
「母親ナメないの」
苦笑しながらも、その声はやわらかい。
「詳しいことは聞かない。
でも、今回はちゃんとホテル取ろう。
駅から少し離れてもいい?」
「うん。お願い」
“従兄の家に行かない”と、
自分で決めた。
その瞬間、
胸の奥で何かがきゅっと
音を立てたけれど――
同時に、薄い膜一枚ぶん、
心に距離が張られたような気もした。
数日後。
母が予約してくれたビジネスホテルは、
山手線から少し外れた路線の、
小さな駅の近くにあった。
チェックインを済ませ、
カードキーで部屋に入る。
ベッドと細長いデスク、
窓の外には、
低めのビルがいくつか立っている。
(ちゃんと、
“上京してきた就活生の部屋”
って感じ)
そう思って、
スーツを丁寧にハンガーに掛けた。
荷解きが終わったあと、
ベッドの端に腰を下ろし、
スマホを取り出す。
画面に表示された連絡先リストの中で、
「弘樹」の名前が目に入る。
(……連絡する必要、ないよね)
迷っている自分に、
あえてそう言い聞かせる。
就活のために来た。
今は、それだけに集中する。
弘樹への感情は、
一回心の中の「棚」にしまっておく。
そう決めて、
トーク画面を開かないまま、
スマホを伏せた。
一次通過の余韻も、
涙でにじんだ新幹線の窓も、
日々の予定と締め切りに押し流されるように、
少しずつ遠ざかっていった。
そんなある日、
「二次面接のご案内」というメールが届いた。
(……来た)
胸の奥がきゅっと縮む。
嬉しい、という感情と同時に、
あの東京のマンションのことが
頭をかすめる。
キッチンで
夕飯の支度をしていた母に声をかけると、
鍋の火を弱めて、こちらを振り返った。
「また東京行くの?」
「うん。今度は二次面接。
行きたいんだけど……泊まるところ、
どうしようかなって」
「前みたいに、弘樹くんのところは?」
その言葉に、
春奈の肩がわずかに強張る。
「……今回は、
やめておこうかなって思ってる」
自分で口にしてみて、
ようやくはっきりする。
“会いたくない”わけじゃない。
母は、春奈の表情を数秒じっと見てから、
ため息をひとつ吐いた。
「前に帰ってきたとき、駅で見た顔ね。
就活だけにしては、
ちょっとしんどそうな顔してたから」
「……そんなにわかりやすかった?」
「母親ナメないの」
苦笑しながらも、その声はやわらかい。
「詳しいことは聞かない。
でも、今回はちゃんとホテル取ろう。
駅から少し離れてもいい?」
「うん。お願い」
“従兄の家に行かない”と、
自分で決めた。
その瞬間、
胸の奥で何かがきゅっと
音を立てたけれど――
同時に、薄い膜一枚ぶん、
心に距離が張られたような気もした。
数日後。
母が予約してくれたビジネスホテルは、
山手線から少し外れた路線の、
小さな駅の近くにあった。
チェックインを済ませ、
カードキーで部屋に入る。
ベッドと細長いデスク、
窓の外には、
低めのビルがいくつか立っている。
(ちゃんと、
“上京してきた就活生の部屋”
って感じ)
そう思って、
スーツを丁寧にハンガーに掛けた。
荷解きが終わったあと、
ベッドの端に腰を下ろし、
スマホを取り出す。
画面に表示された連絡先リストの中で、
「弘樹」の名前が目に入る。
(……連絡する必要、ないよね)
迷っている自分に、
あえてそう言い聞かせる。
就活のために来た。
今は、それだけに集中する。
弘樹への感情は、
一回心の中の「棚」にしまっておく。
そう決めて、
トーク画面を開かないまま、
スマホを伏せた。