窓明かりの群れに揺れる
 「そういえばさ」

 達也が、唐突に話題を変える。

 「みんな、東京での暮らしどう?
  家、どの辺りにした?」

 「私は会社から二駅くらい。
  古いけど、駅チカなので勝ち組です」

 「俺は実家から通ってるからな〜。
  満員電車だけが最大の敵」

 「私は世田谷のほうです。
  ちょっと通勤時間かかるけど、
  その分静かで落ち着いてて」

 「世田谷って
  聞くだけでなんかオシャレだな」

 軽口を叩く達也に、
 直樹が「イメージだけで語るな」と
 笑いながら突っ込む。

 「でも、
  一人暮らし始めてみてどう?」
 
 「最初は寂しいかなって
  思ったんですけど……
  意外と、“自分のペースで生きてる”って
  感じがして好きかもです」

 言いながら、ふと気づく。
 数か月前の自分なら、
 「寂しい」が真っ先に出ていたはずだ。
 (ちゃんと、前に進めてる)

 その実感が、静かにじんわりと胸に広がった。

 「彼氏とかさ〜、みんなはどうなの?」

 酔いが少し回ってきたのか、
 恵がさらっと爆弾を投げ込む。

 「出たよ、そういう話題」

 「新人飲み会って
  絶対この流れになるよな」

 達也と直樹が笑いながら肩をすくめる。

 「私は……今はいないです」

 春奈は、
 グラスの中の氷をストローで
 軽く回しながら答えた。

 「就活でバタバタしてたし、
  東京に来るかどうかも
  決まってなかったから」

 「でも、今なら
  “出会い増えそうだよね”」

 恵が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 「同期とか、他部署の人とか、
  取引先とか」

 「いきなり範囲広いよ」

 照れ隠しのように笑いながら、
 春奈は、
 あえて心の中でひとつの名前を
 思い浮かべないようにした。
 (“今は、忘れようとしてる”んだもん)

 自分で決めたこと。
 だからこそ、意識して話題を前に進める。

 「でも、今はまず仕事覚えないと。
  それだけで毎日いっぱいいっぱいです」

 「真面目か〜」

 達也が笑いながらも、
 どこか嬉しそうにグラスを持ち上げた。

 「でも、そういうのが一番
  “ちゃんと続く大人”になりそう」

 「うん、
  春奈はちゃんとした大人になりそう」

 恵の言葉に、
 春奈は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 「まだ全然ですよ。
  朝、ちゃんと起きて、ちゃんと会社行って、
  ちゃんとメモ取るのに必死で」

 「それ全部、
  “ちゃんとした大人”の条件じゃん」

 直樹の穏やかな一言が、妙に胸に響く。
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