窓明かりの群れに揺れる

12.夏休み、地元の祭りで揺れる影

 怒涛の新人研修が終わる頃には、
 毎朝の通勤も、同期との雑談も、
 少しずつ「当たり前」になっていた。

 配属先も決まり、
 先輩に仕事を教わりながら
 毎日あたふたしているうちに、
 あっという間にカレンダーは
 夏のページに変わる。
 (やっと、帰れる)

 お盆休みの予定表を見たとき、
 春奈は小さく息をついた。

 世田谷の部屋にスーツケースを広げ、
 最低限の服と実家へのお土産を詰め込む。

 地元の駅に降り立つと、
 東京とは違う湿った匂いの風が頬を撫でた。

 遠くで、どこかの家の夕飯の匂いが混じる。

 「おかえり」

 改札の向こうで手を振る母の顔は、
 前より少し安心したように見えた。

 「ただいま」

 スーツをやっと脱いで、
 ただの“娘”に戻った気がする。

 車に乗り込み、荷物を後ろに置くと、
 母がハンドルを握りながら言った。

 「今年の夏祭りさ、恵ちゃんも
  帰ってくるんだってね」

 「うん。連絡くれた。
  明日、一緒に行こうって」

 「よかったじゃない。
  社会人になっても、
  そうやって会える友達がいるのは
  大事よ」

 「……うん」

 返事をしながら、
 どこか心の中がふわふわしていた。

 仕事のこと、東京の生活のこと――

 頭の中には話したいことが
 たくさん浮かんでくる。

 そのどこにも、
 弘樹の名前は出さないつもりでいた。
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