窓明かりの群れに揺れる
 ステージのほうから、
 盆踊りの音楽が聞こえ始めた。

 人の数もだいぶ増えてきて、
 浴衣やTシャツの背中が、
 すれ違うたびに視界を埋めていく。

 「そろそろ、あっちのほうも見に行く?」

 「行こう行こう。焼きそばか、
  じゃがバターか、悩む」

 「どっちもっていう選択肢は?」

 「あり」

 二人で笑いながら、
 人の流れに乗って移動する。

 そのとき――

 道の向こう側、提灯の列の隙間。

 背の高い男性がひとり、
 携帯を耳に当てながら
 立ち止まっているのが見えた。
 (……え?)

 横顔だけ。

 距離もある。

 それでも、一瞬だけ、
 心臓が止まったように感じた。

 (似てる……)

 目を凝らそうとした瞬間、
 通りすがりの人に視界を遮られる。

 「あ、ごめん」

 「すみません」

 浴衣の人たちが行き交う。

 その間からもう一度、
 さっきの場所を探す。

 けれど、そこにはもう、
 誰の姿もなかった。
 (気のせい、だよね)

 わかっている。

 東京からここまで来ている可能性なんて、
 ほとんどない。

 たまたま似た人を見た。

 それだけのはずだ。

 それなのに、
 さっきまで普通に話していたはずの
 胸の鼓動が、
 急にうまく整わなくなっていた。 

 「春奈?」

 隣で歩いていた恵が立ち止まり、
 不思議そうに覗き込んでくる。

 「どうしたの? 急にぼーっとして」

 「えっ……あ、ううん、なんでもない」

 慌てて笑顔を作る。

 自分の声が、少し上ずっている気がした。

 「人、多いなって思って。
  ちょっと、圧倒されただけ」

 「まあ、祭りの日だしね。
  人の波、久しぶりだと疲れるよね」

 恵は特に深追いせず、

 「ほら、焼きそばまだ並んでるから急ご」 
  と話題を前に引き戻してくれる。

 「うん、行こ」

 春奈は、さっきと同じ速度で歩き出した。

 けれど、胸の奥ではまだ、
 さっき見えた横顔の残像が、
 ゆっくりと消え切らずに揺れていた。

 (本当に、気のせいだったのかな)

 自分にそう言い聞かせるように、
 屋台の煙と、焼きそばの匂いに意識を向ける。

 きっと、何でもない。

 そう思おうとしながら――

 春奈は、恵に「何でもないよ」と
 笑って見せた。
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