窓明かりの群れに揺れる
15.金曜のイタリアン居酒屋と、流れていく街の灯り
週末の金曜日。
仕事終わりのフロアには、あちこちで
「おつかれさまでした」の声が
飛び交っていた。
春奈もパソコンをシャットダウンし、
軽く伸びをしてからバッグを手に取る。
「じゃ、例の店、駅前集合で」
昼間に直樹が作ってくれた
グループチャットには、
恵と達也からも「OK」の
スタンプが飛んでいた。
待ち合わせた駅近くのビルの二階。
ガラス張りの扉を開けると、
木目のテーブルと間接照明が
落ち着いた雰囲気を作っている、
イタリアン風の居酒屋だった。
「うわ、オシャレ」
「こういうとこ、“ザ・都会”って
感じするよね」
恵がメニューを手に取りながら、
うきうきした声を出す。
「とりあえず、ドリンクどうする?
ビール、ワイン、カクテルもあるけど」
「私はサングリアがいいな」
「じゃ、俺はビールで」
「僕もビール」
順番が回ってきて、春奈は少しだけ考える。
「……じゃあ、
私は白ワインのスプリッツァーで」
「お、ちょっと大人じゃん」
達也がからかうように笑う。
「社会人ですから」
「はいはい、新人のくせに生意気」
そんなやり取りをしながら、
前菜の盛り合わせやピザ、
パスタを注文していく。
グラスが揃うと、自然と手が伸びた。
「一週間、おつかれー!」
「おつかれさまでした!」
軽くグラスを合わせ、
ワインを一口飲むと、
炭酸の柔らかい刺激と、
少し甘い香りが広がる。
「は〜……生き返る」
「今日そんなに大変だった?」
「午前中の資料修正、
地味にキツかったよね?」
恵がすかさず話を振る。
「うん……数字の桁合わせで、
頭の中までバグりました」
「春奈、最後のほう“エクセルの亡霊”
みたいな顔してた」
達也の言葉に、三人とも笑い出す。
「でも、
ちゃんと間に合わせてたからえらいよ」
直樹のひと言は、いつも通り穏やかで、
さりげなく背中を押してくる。
話題はどんどん仕事の愚痴に
移っていった。
「この前さ、電話対応してたら、
いきなり『担当変わったの?』って
若干キレ気味で言われてさ」
「あるある。
前任の先輩、
めちゃ優秀だったんだろうなって
プレッシャーすごいよね」
「こっちは“新人です”って
心の中で札掲げてるのにね」
「最初から完璧求められても
困るよ〜って、心の中で土下座してる」
ひとつ愚痴を出すたび、誰かが共感して笑い、
また別の誰かが自分の失敗談を追加する。
「でもさ、地味に嬉しかったのがさ」
恵が、
フォークをくるくる回しながら言った。
「この前、お客さんに資料渡したとき、
“わかりやすいね”って言われたの。
ほとんど先輩の作った資料だったんだけど、
“じゃあ私のコピーのセンスも
良かったんですね”って
心の中でガッツポーズした」
「それ大事。
最初はそういう小さな
“やった”で生きていくしかないよね」
「そういう意味ではさ」
恵が、ちらっと達也のほうを見る。
「達也くん、春奈の“やった”ポイント、
よく見つけてるよね」
「え? そうかな?」
グラスを持ち上げかけた達也の手が、
少し止まる。
「そうだよ。
発表終わったあと『今日よかったよ』って
声かけてたの、何回も見てるし」
「いや、そりゃ……
同期のフォローでしょ」
「ふーん、“同期のフォロー”ねぇ」
恵は意味ありげに笑いながら、
パスタを口に運んだ。
「な、なにその“ねぇ”は」
「なんでもないよ。
ただ、目線がちょっと真剣なんだよね、
って思っただけ」
「やめろそういうこと言うな」
達也が耳のあたりをかきながら、
困ったように笑う。
その表情がおかしくて、
春奈もつい笑ってしまった。
「でも、達也くんっていい人だよね」
口に出した瞬間、
自分で少し照れくさくなる。
「お、本人の前で“
いい人認定”入りました」
恵がからかう声で畳みかける。
「ちょっと、恵……」
「いやいや、褒められて悪い気しないし。
ありがと。
“いい人どまり”じゃないといいけどな」
最後の一言は、冗談めかしていたけれど、
ほんの少しだけ、
本音が混じっているようにも聞こえた。
グラスの中のワインが、ふわっと喉を温める。
笑い声と料理の香りに包まれながら、
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
仕事終わりのフロアには、あちこちで
「おつかれさまでした」の声が
飛び交っていた。
春奈もパソコンをシャットダウンし、
軽く伸びをしてからバッグを手に取る。
「じゃ、例の店、駅前集合で」
昼間に直樹が作ってくれた
グループチャットには、
恵と達也からも「OK」の
スタンプが飛んでいた。
待ち合わせた駅近くのビルの二階。
ガラス張りの扉を開けると、
木目のテーブルと間接照明が
落ち着いた雰囲気を作っている、
イタリアン風の居酒屋だった。
「うわ、オシャレ」
「こういうとこ、“ザ・都会”って
感じするよね」
恵がメニューを手に取りながら、
うきうきした声を出す。
「とりあえず、ドリンクどうする?
ビール、ワイン、カクテルもあるけど」
「私はサングリアがいいな」
「じゃ、俺はビールで」
「僕もビール」
順番が回ってきて、春奈は少しだけ考える。
「……じゃあ、
私は白ワインのスプリッツァーで」
「お、ちょっと大人じゃん」
達也がからかうように笑う。
「社会人ですから」
「はいはい、新人のくせに生意気」
そんなやり取りをしながら、
前菜の盛り合わせやピザ、
パスタを注文していく。
グラスが揃うと、自然と手が伸びた。
「一週間、おつかれー!」
「おつかれさまでした!」
軽くグラスを合わせ、
ワインを一口飲むと、
炭酸の柔らかい刺激と、
少し甘い香りが広がる。
「は〜……生き返る」
「今日そんなに大変だった?」
「午前中の資料修正、
地味にキツかったよね?」
恵がすかさず話を振る。
「うん……数字の桁合わせで、
頭の中までバグりました」
「春奈、最後のほう“エクセルの亡霊”
みたいな顔してた」
達也の言葉に、三人とも笑い出す。
「でも、
ちゃんと間に合わせてたからえらいよ」
直樹のひと言は、いつも通り穏やかで、
さりげなく背中を押してくる。
話題はどんどん仕事の愚痴に
移っていった。
「この前さ、電話対応してたら、
いきなり『担当変わったの?』って
若干キレ気味で言われてさ」
「あるある。
前任の先輩、
めちゃ優秀だったんだろうなって
プレッシャーすごいよね」
「こっちは“新人です”って
心の中で札掲げてるのにね」
「最初から完璧求められても
困るよ〜って、心の中で土下座してる」
ひとつ愚痴を出すたび、誰かが共感して笑い、
また別の誰かが自分の失敗談を追加する。
「でもさ、地味に嬉しかったのがさ」
恵が、
フォークをくるくる回しながら言った。
「この前、お客さんに資料渡したとき、
“わかりやすいね”って言われたの。
ほとんど先輩の作った資料だったんだけど、
“じゃあ私のコピーのセンスも
良かったんですね”って
心の中でガッツポーズした」
「それ大事。
最初はそういう小さな
“やった”で生きていくしかないよね」
「そういう意味ではさ」
恵が、ちらっと達也のほうを見る。
「達也くん、春奈の“やった”ポイント、
よく見つけてるよね」
「え? そうかな?」
グラスを持ち上げかけた達也の手が、
少し止まる。
「そうだよ。
発表終わったあと『今日よかったよ』って
声かけてたの、何回も見てるし」
「いや、そりゃ……
同期のフォローでしょ」
「ふーん、“同期のフォロー”ねぇ」
恵は意味ありげに笑いながら、
パスタを口に運んだ。
「な、なにその“ねぇ”は」
「なんでもないよ。
ただ、目線がちょっと真剣なんだよね、
って思っただけ」
「やめろそういうこと言うな」
達也が耳のあたりをかきながら、
困ったように笑う。
その表情がおかしくて、
春奈もつい笑ってしまった。
「でも、達也くんっていい人だよね」
口に出した瞬間、
自分で少し照れくさくなる。
「お、本人の前で“
いい人認定”入りました」
恵がからかう声で畳みかける。
「ちょっと、恵……」
「いやいや、褒められて悪い気しないし。
ありがと。
“いい人どまり”じゃないといいけどな」
最後の一言は、冗談めかしていたけれど、
ほんの少しだけ、
本音が混じっているようにも聞こえた。
グラスの中のワインが、ふわっと喉を温める。
笑い声と料理の香りに包まれながら、
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。