窓明かりの群れに揺れる
 そんなある日の帰り。
 恵と一緒に会社を出て、
 駅近くのカフェに寄ることになった。

 仕事帰りの人たちで少し賑わう店内、
 窓際のテーブルに向かい合って座る。

 注文を済ませたかと思うと、
 恵は、
 ドリンクが運ばれてくる前に切り出した。

 「で。達也くんと、デートしたって?」
 「えっ」

 いきなりの直球。
 春奈は思わず、息を飲んだ。

 「この前、
  帰り際に声かけてたの見てたし。
  日曜、“ちょっと遠出してくる”って
  言ってたよね?」
 
 「あれは……」

 声が自然と小さくなる。

 「デートっていうか、その……
  仕事で疲れてるからって、
  “気分転換に連れ出すから来い”
  みたいなノリで、
  ちょっと強引に誘われて……」

 「それを、デートって言うんだよ」

 恵は、ちょっとだけ怒ったような、
 でもどこか困ったような顔で言った。

 「海行って、水族館行って、
  ご飯食べて。
  それを“デートじゃない”って言い張るの
  なかなか無理あるからね?」

 「……わかってるけど」

 本当は、自分でも“デートだ”と
 わかっている。

 ただ、その言葉を口に出すと、
 何かが決定的になってしまいそうで
 怖かった。

 「なんか、ごめんね」

 テーブルの端を指でなぞりながら、
 春奈は視線を落とした。

 「恵が達也くんのこと、
  ちょっと気になってるのかなって
  思ってたから……。
  だから、
 ちゃんと言わなきゃって思いながら、
 うやむやにしちゃって」

 「いや、“ちょっと気になってるかな〜?”
  くらいだからさ」

 恵はストローの袋をくしゃっと丸めて、
 軽くため息をついた。

 「別に、“絶対私のものじゃなきゃヤダ!”
  ってほどじゃないし。
  ただ、“春奈と達也くん”って組み合わせで、
  私の知らないとこで話進んでたのが、
  ちょっとだけ……モヤっとした」

 「……ごめん」
 
 「謝らなくていいってば」

 そう言いつつも、
 恵の声には、少しだけトゲが残っている。

 「でもさ、“強引に誘われて”って、
  言い方ずるくない?
  嬉しくなかった?」

 その問いに、
 胸の奥が小さく詰まった。

 「……嬉しかった、かもしれない」

 やっと絞り出した本音。
 (あの日の、浜辺での出来事は、
  絶対に言えないな)

 恵は、それを聞いて数秒黙り込む。
< 53 / 122 >

この作品をシェア

pagetop