窓明かりの群れに揺れる

 店員がドリンクを運んできて、
 テーブルの上にカップが並べられる。

 その一連の動作が終わって、
 店員が離れていったあと、
 春奈は勇気を出して言った。

 「でもね。
  もし恵がよかったら……
  恵から、達也くん誘ってみたら?」

 「え?」

 「今のままだと、
  なんか私だけが前に出てるみたいで、
  それはそれで違う気がするから。
  恵が、本当に達也くんのこと知りたいなら、
  私じゃなくて、
  恵が自分から会ってみたほうがいいと思う」

 自分で言いながら、
 胸の中で複雑な感情がざわつく。

 それでも、それが一番フェアな気がした。

 恵はしばらく黙っていたが、
 やがてストローを指で軽くつまんで、
 ふっと笑った。

 「……あんたもずるいよね」

 「え?」

 「そうやって“私が譲る側です”
  みたいな顔して、
  ちょっとだけ逃げてる」

 図星をさされて、春奈は言葉に詰まる。

 でも、
 恵の表情はさっきより柔らかくなっていて、
 怒っているというより、
 少しあきれ顔だった。

 「でも、ありがと。
  ちゃんとそう言ってくれたのは、嬉しい」

 「そう、かな……」

 「うん。
  私もさ、偉そうなこと
  言えないんだけどね」

 恵は、
 カップの縁に視線を落としながら続けた。

 「実は私も、
  直樹と一回だけデートしてて」
 
 「え?」
  思わず身を乗り出してしまう。

 「この前“困ってる”って言ったでしょ。
  あのあと、一回ご飯行ったの。
  悪い人じゃないし、ちゃんとしてるし、
  仕事の話も真面目に聞いてくれて――
  でも、どうしても“彼氏”っていう
  感覚にならなくて」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。

 「それで、“ごめんなさい”って
  ちゃんと伝えた。
  そしたら余計、気まずくなっちゃってさ」

 「……そっか」

 「だからさ。
  あんたにだけ“ちゃんとしろよ”って
  言えないんだよね」

 恵は照れ隠しみたいに笑った。

 「お互い、似たようなもんだし?」

 「うん……そうかも」

 少しだけ肩の力が抜ける。
 さっきまで胸の中で固まっていたものが、
 ふっと緩んでいくのがわかった。

 「とりあえずさ」

 恵が視線を上げる。

 「明日から会社、
  ちょっと気まずいけど――
  なんとかなるでしょ。
  私も直樹と、
  普通に仕事できるように努力するし」

 「私も……達也くんと、
  ちゃんと仕事の話できるようにする」

 「うん。
  それで、“なんとなく”の気持ちが
  どこに向くのか、
  ちょっとずつ見ていこう」

 「うん」

 二人で顔を見合わせて、
 同時に小さく笑った。

 気まずさと、
 ちょっとした安心が混ざった笑顔。

 そのタイミングで――
 テーブルの上のスマホが、小さく震えた。

 画面に表示されたのは、「母」の名前。

 「……お母さん?」

 不思議に思いながら通話ボタンを押すと、
 受話口から、少し早口の声が飛び込んできた。
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