窓明かりの群れに揺れる
21.病院のロビーと、思わぬ再会
木曜日の晩。
仕事を早めに切り上げさせてもらい、
最低限の荷物を持って東京駅へ向かった。
指定席の新幹線に乗り込み、
窓の外を流れていく夜の街を
ぼんやり眺めているうちに、
東京の灯りはいつの間にか
遠ざかっていた。
(……間に合ってよかった)
到着した地元の駅には、
母が迎えに来てくれていた。
「ごめんね、急に」
「ううん。こっちこそ、
もっと早く連絡してほしかったよ」
車に乗り込むと、
母はハンドルを握りながら、
できるだけ落ち着いた声で
状況を説明してくれた。
「お父さんね、軽い脳梗塞だって。
でも、処置も早かったから、
今のところ大きな後遺症はなさそうって。
先生が、
1週間くらいで退院できると思うって
言ってた」
「……よかった」
大事な言葉だけを聞いて、
胸の奥がじわっと緩む。
病気であることには変わりない。
それでも、「命の心配はない」と
聞けただけで、
肩から大きな重みが少しだけ
外れた気がした。
金曜日は有給を取り、
朝から母と一緒に病院へ向かった。
消毒液の匂いが漂う廊下を歩きながら、
病室のドアをそっと開ける。
「お父さん」
「おう」
ベッドの上で点滴につながれている父は、
思ったよりも元気そうだった。
「あんまり心配かけないでよ」
「悪かったな。
でも、
こうやって春奈が帰ってきてくれるなら、
たまには倒れてみるのも
悪くないかもしれん」
「そういうこと言う人は、また倒れます」
母がピシャリと言い、
父と娘は苦笑いを交わした。
午前中いっぱいを病室で過ごし、
午後は必要なものを買い足しに行ったり、
実家で家事を手伝ったりして過ごした。
夏休みぶりの実家は、
変わらない家具と、
変わらない匂いと、
変わらない景色で迎えてくれる。
(やっぱり、落ち着くな……)
東京での生活も嫌いじゃない。
でも、「帰ってくる場所」が
ちゃんとあることが、
心のどこかで支えになっているのを
実感する。
土曜日
この日も午前中から、
母と一緒に病院へ向かった。
少しずつ表情が柔らかくなってきた父と
他愛ない話をして、
検査に呼ばれたタイミングで病室を出る。
「お母さん、ちょっと売店寄ってくるね」
「わかった。私は先生の説明聞いてくるから」
エレベーターで一階に降り、
病院のロビーを通りかかったとき――
見慣れた横顔が視界に入った。
「……弘樹くん?」
思わず、足が止まる。
ロビーの端、椅子のあたりで、
母と話をしている男性がいた。
スーツではなく、落ち着いたシャツに
ジャケットという格好。
その顔は、
どう見ても、記憶の中にある人だった。
「あ、春奈」
先に気づいたのは母だった。
こちらに手を振りながら言う。
「ほら、弘樹くん。
春奈も戻ってきたのよ」
呼ばれて、彼も振り返る。
「……お久しぶり」
病院の白い照明の下で見る弘樹は、
東京の会議室で見たときより、
少し柔らかい表情をしていた。
「お久しぶりです」
自然と、敬語になってしまう。
この場所では、「いとこ」として振る舞う
べきなのか、
「取引先の人」として
距離を取るべきなのか――
答えを出せないまま、
ぎこちない言葉が出た。
「春奈が泊まったときは、
本当にお世話になりました」
母が、改めて頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。
こちらこそ、
急に押しかける形になってしまって」
「いえいえ。
東京でちゃんと見ててもらえて、
私も助かりました」
母はそう言ってから、
少し席を外すように立ち上がった。
「じゃあ、
私は先生のお話聞きに行ってくるから。
あなたたち、ちょっと話してなさい」
そう言って、軽く手を振り、
受付のほうへ歩いて行ってしまう。
ロビーには、
病院特有のざわめきと、
テレビから流れるニュースの音。
その中で、隣の席に座った弘樹と、
少しだけ距離をあけて
並ぶ形になった。
仕事を早めに切り上げさせてもらい、
最低限の荷物を持って東京駅へ向かった。
指定席の新幹線に乗り込み、
窓の外を流れていく夜の街を
ぼんやり眺めているうちに、
東京の灯りはいつの間にか
遠ざかっていた。
(……間に合ってよかった)
到着した地元の駅には、
母が迎えに来てくれていた。
「ごめんね、急に」
「ううん。こっちこそ、
もっと早く連絡してほしかったよ」
車に乗り込むと、
母はハンドルを握りながら、
できるだけ落ち着いた声で
状況を説明してくれた。
「お父さんね、軽い脳梗塞だって。
でも、処置も早かったから、
今のところ大きな後遺症はなさそうって。
先生が、
1週間くらいで退院できると思うって
言ってた」
「……よかった」
大事な言葉だけを聞いて、
胸の奥がじわっと緩む。
病気であることには変わりない。
それでも、「命の心配はない」と
聞けただけで、
肩から大きな重みが少しだけ
外れた気がした。
金曜日は有給を取り、
朝から母と一緒に病院へ向かった。
消毒液の匂いが漂う廊下を歩きながら、
病室のドアをそっと開ける。
「お父さん」
「おう」
ベッドの上で点滴につながれている父は、
思ったよりも元気そうだった。
「あんまり心配かけないでよ」
「悪かったな。
でも、
こうやって春奈が帰ってきてくれるなら、
たまには倒れてみるのも
悪くないかもしれん」
「そういうこと言う人は、また倒れます」
母がピシャリと言い、
父と娘は苦笑いを交わした。
午前中いっぱいを病室で過ごし、
午後は必要なものを買い足しに行ったり、
実家で家事を手伝ったりして過ごした。
夏休みぶりの実家は、
変わらない家具と、
変わらない匂いと、
変わらない景色で迎えてくれる。
(やっぱり、落ち着くな……)
東京での生活も嫌いじゃない。
でも、「帰ってくる場所」が
ちゃんとあることが、
心のどこかで支えになっているのを
実感する。
土曜日
この日も午前中から、
母と一緒に病院へ向かった。
少しずつ表情が柔らかくなってきた父と
他愛ない話をして、
検査に呼ばれたタイミングで病室を出る。
「お母さん、ちょっと売店寄ってくるね」
「わかった。私は先生の説明聞いてくるから」
エレベーターで一階に降り、
病院のロビーを通りかかったとき――
見慣れた横顔が視界に入った。
「……弘樹くん?」
思わず、足が止まる。
ロビーの端、椅子のあたりで、
母と話をしている男性がいた。
スーツではなく、落ち着いたシャツに
ジャケットという格好。
その顔は、
どう見ても、記憶の中にある人だった。
「あ、春奈」
先に気づいたのは母だった。
こちらに手を振りながら言う。
「ほら、弘樹くん。
春奈も戻ってきたのよ」
呼ばれて、彼も振り返る。
「……お久しぶり」
病院の白い照明の下で見る弘樹は、
東京の会議室で見たときより、
少し柔らかい表情をしていた。
「お久しぶりです」
自然と、敬語になってしまう。
この場所では、「いとこ」として振る舞う
べきなのか、
「取引先の人」として
距離を取るべきなのか――
答えを出せないまま、
ぎこちない言葉が出た。
「春奈が泊まったときは、
本当にお世話になりました」
母が、改めて頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。
こちらこそ、
急に押しかける形になってしまって」
「いえいえ。
東京でちゃんと見ててもらえて、
私も助かりました」
母はそう言ってから、
少し席を外すように立ち上がった。
「じゃあ、
私は先生のお話聞きに行ってくるから。
あなたたち、ちょっと話してなさい」
そう言って、軽く手を振り、
受付のほうへ歩いて行ってしまう。
ロビーには、
病院特有のざわめきと、
テレビから流れるニュースの音。
その中で、隣の席に座った弘樹と、
少しだけ距離をあけて
並ぶ形になった。