窓明かりの群れに揺れる
「……おじさん、
だいぶ落ち着いてきたみたいだな」
弘樹が先に口を開いた。
「はい。
先生の話だと、
1週間くらいで退院できるって」
「それ聞いて、ちょっと安心した」
そう言って、
膝の上で指先を組む。
「ごめん。
急に来て、驚いたろ」
「……ちょっと、びっくりしました」
正直に言っても、足りないくらいだ。
東京の会議室で再会したばかりなのに、
今度は地元の病院のロビーで
向かい合っている。
「おばさんから、少し聞いて。
“春奈が戻ってきてる”って」
「……そうなんですね」
「なんか、放っておけなかったというか」
そこで一度言葉を切り、
弘樹は視線を前に向けた。
「来れば、会えるかなって思って」
その一言に、
胸の奥が小さく震える。
嬉しい。
でも同時に、戸惑いのほうが大きかった。
東京で、
自分なりに距離を置こうとしていた相手。
あの会社の会議室では、
ちゃんと「仕事上の顔」で線を引いていた相手。
その人が今、
家族の一件をきっかけに、
こんなふうにまた距離を詰めてきている。
(どうしよう)
ロビーの椅子の硬さが、急に意識に浮かぶ。
指先に力を込めて、膝の上で手を組み直した。
沈黙が、少しだけ長く続いたあと――
春奈は、自分でも驚くくらい唐突に、口を開いた。
「……あの」
「うん?」
「私、今――」
言葉が喉でつかえる。
それでも、一度飲み込んだら、
もう二度と出せなくなりそうで。
「会社の同僚と、付き合ってます」
自分で、その言葉を聞きながら、
心臓が大きく跳ねるのを感じた。
嘘ではない。
“きっぱり告白を受け入れた”
わけではないけれど、
あのドライブや、二度目の外出や、
これからも続くかもしれない時間を
思えば――
それはきっと、「付き合っている」と
言っても、おかしくない形だった。
弘樹は、一瞬だけ固まった。
「……そう、なんだ」
それから、
ほんの少しだけ息を吐くように笑った。
「……同じ会社のひと?」
「はい。
同期の……達也っていう人です」
名前を出した瞬間、
胸の奥に、何とも言えない痛みが走る。
(どうして、今、言ったんだろう)
自分でもわからない。
でも、言わなければいけないような
気がした。
東京と地元。
仕事とプライベート。
いとこと、同僚。
どこかで線を引かないと、
自分の心だけが宙ぶらりんに
なってしまいそうで。
「そっか」
短く繰り返してから、
弘樹は、正面の壁を見つめたまま、
言葉を続けた。
「……よかったな」
「え?」
「東京で、ちゃんと人間関係できてさ。
同期とそういう関係になれるって、
けっこう恵まれてると思うよ」
声は穏やかだけれど、
どこか無理に整えられたような響きがあった。
「この前、
会議室で見たときも思ったけど」
少しだけ視線をこちらに向ける。
「本当に、見違えたよ。
東京に出てきて、あっという間に
“会社の人間”になったんだなって」
「……そんなに、変わりましたか」
「変わったよ」
弘樹は、小さく笑ってみせた。
「“頼られなきゃ危なっかしい子”って
感じじゃなくてさ。
ちゃんと、自分で立ってる感じ」
褒められている。
そのことはわかる。
嬉しい、と感じてしまう自分もいる。
でも、それ以上に――
弘樹の表情に浮かんだ、かすかな寂しさが、
胸に刺さるようだった。
「……ありがとう、ございます」
やっと絞り出した声は、
自分でも驚くほど小さかった。
だいぶ落ち着いてきたみたいだな」
弘樹が先に口を開いた。
「はい。
先生の話だと、
1週間くらいで退院できるって」
「それ聞いて、ちょっと安心した」
そう言って、
膝の上で指先を組む。
「ごめん。
急に来て、驚いたろ」
「……ちょっと、びっくりしました」
正直に言っても、足りないくらいだ。
東京の会議室で再会したばかりなのに、
今度は地元の病院のロビーで
向かい合っている。
「おばさんから、少し聞いて。
“春奈が戻ってきてる”って」
「……そうなんですね」
「なんか、放っておけなかったというか」
そこで一度言葉を切り、
弘樹は視線を前に向けた。
「来れば、会えるかなって思って」
その一言に、
胸の奥が小さく震える。
嬉しい。
でも同時に、戸惑いのほうが大きかった。
東京で、
自分なりに距離を置こうとしていた相手。
あの会社の会議室では、
ちゃんと「仕事上の顔」で線を引いていた相手。
その人が今、
家族の一件をきっかけに、
こんなふうにまた距離を詰めてきている。
(どうしよう)
ロビーの椅子の硬さが、急に意識に浮かぶ。
指先に力を込めて、膝の上で手を組み直した。
沈黙が、少しだけ長く続いたあと――
春奈は、自分でも驚くくらい唐突に、口を開いた。
「……あの」
「うん?」
「私、今――」
言葉が喉でつかえる。
それでも、一度飲み込んだら、
もう二度と出せなくなりそうで。
「会社の同僚と、付き合ってます」
自分で、その言葉を聞きながら、
心臓が大きく跳ねるのを感じた。
嘘ではない。
“きっぱり告白を受け入れた”
わけではないけれど、
あのドライブや、二度目の外出や、
これからも続くかもしれない時間を
思えば――
それはきっと、「付き合っている」と
言っても、おかしくない形だった。
弘樹は、一瞬だけ固まった。
「……そう、なんだ」
それから、
ほんの少しだけ息を吐くように笑った。
「……同じ会社のひと?」
「はい。
同期の……達也っていう人です」
名前を出した瞬間、
胸の奥に、何とも言えない痛みが走る。
(どうして、今、言ったんだろう)
自分でもわからない。
でも、言わなければいけないような
気がした。
東京と地元。
仕事とプライベート。
いとこと、同僚。
どこかで線を引かないと、
自分の心だけが宙ぶらりんに
なってしまいそうで。
「そっか」
短く繰り返してから、
弘樹は、正面の壁を見つめたまま、
言葉を続けた。
「……よかったな」
「え?」
「東京で、ちゃんと人間関係できてさ。
同期とそういう関係になれるって、
けっこう恵まれてると思うよ」
声は穏やかだけれど、
どこか無理に整えられたような響きがあった。
「この前、
会議室で見たときも思ったけど」
少しだけ視線をこちらに向ける。
「本当に、見違えたよ。
東京に出てきて、あっという間に
“会社の人間”になったんだなって」
「……そんなに、変わりましたか」
「変わったよ」
弘樹は、小さく笑ってみせた。
「“頼られなきゃ危なっかしい子”って
感じじゃなくてさ。
ちゃんと、自分で立ってる感じ」
褒められている。
そのことはわかる。
嬉しい、と感じてしまう自分もいる。
でも、それ以上に――
弘樹の表情に浮かんだ、かすかな寂しさが、
胸に刺さるようだった。
「……ありがとう、ございます」
やっと絞り出した声は、
自分でも驚くほど小さかった。