窓明かりの群れに揺れる
朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、
達也は目を覚ました。
「……っ」
まず、頭が重い。
次に、喉がからからだと気づく。
そして――
自分のすぐ隣に、
誰かの気配がある。
反射的に起き上がると、
同じベッドの端で丸くなっていた恵が、
眠そうに目をこすった。
「……おはよう」
「え、ちょ、え……!?」
状況を理解する前に、
血の気が一気に引いていく。
「ここ、どこ……って、ホテルか。
なんで、俺ら――」
「昨日のこと、覚えてない?」
恵は、まだ完全に
覚醒しきっていない声で尋ねる。
「居酒屋出てから先が……
タクシー乗ったような気もするけど、
ほとんど覚えてない」
「そうだろうね」
恵は、短くため息をつく。
「あんた、
歩けないくらいベロベロだったから。
ビジネスホテルはどこもいっぱいで、
仕方なくここになったの」
「ここって……」
部屋の内装を見回す。
洒落た照明と、妙に大きいベッド。
どう見ても“そういう系”のホテルだった。
「……ごめん」
「謝らなくていい。
選択肢、ほとんどなかったから」
恵は視線を外し、
シーツのしわを指先でなぞる。
「……なあ」
達也は、
喉の奥で何度か言葉を転がしてから、
やっと一つだけ発した。
「昨日、ここで……
その…、何かあった?」
問いかけに、
部屋の空気が一瞬、止まる。
恵は、少しだけ長くまばたきをしてから、
ゆっくりと首を振った。
「――何も」
それ以上、説明はしない。
言葉通りなのか、
それとも“そういうことにしておきたい”のか、
そこまではわからない。
けれど、
その答え以上のものを聞き出す勇気は、
今の達也にはなかった。
「もう、出勤の時間ギリギリだから」
恵が立ち上がる。
「支度して。
会社、遅刻したらシャレにならない」
「ああ……」
短く返事をし、
達也も慌ててネクタイを締め直す。
鏡に映る自分の顔は、
ひどく疲れていて、
どこか情けなかった。
部屋を出て、
廊下を歩く二人の足音は、
妙にそろっていた。
エレベーターの中でも、
ほとんど会話はない。
ロビーを通り抜け、
自動ドアが開く。
ホテルを出たあとも、
足元だけがやけに現実的で、
それ以外の感覚は、
まださっきの部屋に置き去りに
されたままだった。
首筋のあたりに残る、かすかな熱。
歩きながらも、
胸の奥の鼓動はなかなか速度を
落としてくれない。
(最悪……)
そう自分に言い聞かせながらも、
からだの芯のどこかに、
まだ夜のぬくもりがうずくように
残っていた。
(春奈、ごめん)
心の中でそうつぶやきながら、
罪悪感といっしょに、
誰にも見せられない小さな優越感が、
胸の奥でまだ熱を残したまま、
そっとくすぶり続けていた。
「昨日のこと、
あんまり深く考えないで」
恵は、ゆっくりと言った。
「どうせ今日もまた仕事だし。
それどころじゃなくなるから」
「……わかった」
それ以上、何も言えなかった。
言葉を飲み込んだまま、
ふたりは視線を合わせることなく、
別々の方向へ歩き出した。
それぞれの背中が、
交差点の向こう側の人混みに紛れて
見えなくなるまで、
振り返ることはなかった。
カーテンの隙間から差し込む光で、
達也は目を覚ました。
「……っ」
まず、頭が重い。
次に、喉がからからだと気づく。
そして――
自分のすぐ隣に、
誰かの気配がある。
反射的に起き上がると、
同じベッドの端で丸くなっていた恵が、
眠そうに目をこすった。
「……おはよう」
「え、ちょ、え……!?」
状況を理解する前に、
血の気が一気に引いていく。
「ここ、どこ……って、ホテルか。
なんで、俺ら――」
「昨日のこと、覚えてない?」
恵は、まだ完全に
覚醒しきっていない声で尋ねる。
「居酒屋出てから先が……
タクシー乗ったような気もするけど、
ほとんど覚えてない」
「そうだろうね」
恵は、短くため息をつく。
「あんた、
歩けないくらいベロベロだったから。
ビジネスホテルはどこもいっぱいで、
仕方なくここになったの」
「ここって……」
部屋の内装を見回す。
洒落た照明と、妙に大きいベッド。
どう見ても“そういう系”のホテルだった。
「……ごめん」
「謝らなくていい。
選択肢、ほとんどなかったから」
恵は視線を外し、
シーツのしわを指先でなぞる。
「……なあ」
達也は、
喉の奥で何度か言葉を転がしてから、
やっと一つだけ発した。
「昨日、ここで……
その…、何かあった?」
問いかけに、
部屋の空気が一瞬、止まる。
恵は、少しだけ長くまばたきをしてから、
ゆっくりと首を振った。
「――何も」
それ以上、説明はしない。
言葉通りなのか、
それとも“そういうことにしておきたい”のか、
そこまではわからない。
けれど、
その答え以上のものを聞き出す勇気は、
今の達也にはなかった。
「もう、出勤の時間ギリギリだから」
恵が立ち上がる。
「支度して。
会社、遅刻したらシャレにならない」
「ああ……」
短く返事をし、
達也も慌ててネクタイを締め直す。
鏡に映る自分の顔は、
ひどく疲れていて、
どこか情けなかった。
部屋を出て、
廊下を歩く二人の足音は、
妙にそろっていた。
エレベーターの中でも、
ほとんど会話はない。
ロビーを通り抜け、
自動ドアが開く。
ホテルを出たあとも、
足元だけがやけに現実的で、
それ以外の感覚は、
まださっきの部屋に置き去りに
されたままだった。
首筋のあたりに残る、かすかな熱。
歩きながらも、
胸の奥の鼓動はなかなか速度を
落としてくれない。
(最悪……)
そう自分に言い聞かせながらも、
からだの芯のどこかに、
まだ夜のぬくもりがうずくように
残っていた。
(春奈、ごめん)
心の中でそうつぶやきながら、
罪悪感といっしょに、
誰にも見せられない小さな優越感が、
胸の奥でまだ熱を残したまま、
そっとくすぶり続けていた。
「昨日のこと、
あんまり深く考えないで」
恵は、ゆっくりと言った。
「どうせ今日もまた仕事だし。
それどころじゃなくなるから」
「……わかった」
それ以上、何も言えなかった。
言葉を飲み込んだまま、
ふたりは視線を合わせることなく、
別々の方向へ歩き出した。
それぞれの背中が、
交差点の向こう側の人混みに紛れて
見えなくなるまで、
振り返ることはなかった。