窓明かりの群れに揺れる
昼休み前。
直樹は、達也のデスクにまっすぐ向かった。
「達也、ちょっといい?」
「ん? どうした」
「屋上に、今」
その声音に、いつもの軽さはない。
達也は一瞬だけ眉をひそめ、
それでも黙って立ち上がった。
屋上。
風の音だけが、
二人のあいだを抜けていく。
「さっき、給湯室で聞いた」
直樹は前置きなしに切り出した。
「今朝、お前と恵さんが
道玄坂のホテルから出てきたって。
あのラブホ街のとこだ」
達也の表情が、ぴたりと止まる。
目だけが一瞬、かすかに揺れた。
「……見られてたのか」
「問題は“見られたかどうか”じゃない」
直樹の声が低くなる。
「お前、春奈にも気持たせて、
その状態で恵さんと二人でホテルって
この先どうするつもりなんだよ」
「違う」
達也は、顔をしかめて首を振った。
「“気持たせた”とか、
そういう言い方やめろよ。
俺は、遊んでたわけじゃない」
「でも結果として、そう見えてる」
「……あの夜は、ただ酔いすぎて、
気づいたらあそこにいたんだよ」
言い訳にしか聞こえないのは、
自分でもわかっている。
それでも、必死に続けた。
「覚えてるところもあるけど、
気がついたらベッドで、
本当に何もなかったんだ」
「それで“潔白だ”って
言い張るつもりか?」
「“二人をもてあそんでる”
みたいに言われるのは、
違うって言ってるんだ」
達也の声に、苛立ちと焦りが滲む。
「春奈のことは、本気で好きだ。
でも、あの夜は……
酔いつぶれて、ただ恵と
一晩一緒にいただけだし、何もなかった、
わざとじゃない、
何だったら恵にも聞いてくれ」
その言葉の中に、
春奈への申し訳なさと、
それでも
「自分は決定的な裏切りはしていない」と
必死に信じ込もうとする固い感情が
混ざっていた。
「じゃあ、その“わざとじゃない”で、
春奈はどう思うと思う?」
直樹の問いが、風より冷たく刺さる。
「……」
言葉を返せず、達也は唇を噛んだ。
「中途半端な覚悟で、
二人を巻き込んでるのは、お前なんだよ」
「中途半端でやってるわけじゃない!」
堪え切れず、達也も声を荒げる。
感情が爆ぜた瞬間、
直樹はぐっと一歩踏み出し、
達也の胸を押しやった。
達也も咄嗟に掴み返す。
肩と肩がぶつかり合い、
殴り合いになる一歩手前で
踏みとどまる。
二人の間で、
苛立ちと焦りだけが、
ぎりぎりのところで火花を散らしていた。
「おい、お前ら、やめろ!」
たまたま上がってきた先輩が、
慌てて間に入る。
「ここ、会社の屋上だぞ。何やってんだ!」
「……すみません」
「悪いっす」
短い言葉だけ残し、
二人はそれぞれ、
反対方向へと歩き出した。
達也は、
胸の奥で
何度も同じ言葉を繰り返していた。
(俺は、浮気なんかしてない。
ただ、あの夜が
最悪な形で重なっただけだ)
そう自分に言い聞かせるほど、
その「潔白」の輪郭が、
余計に苦く滲んでいくのを感じていた。
直樹は、達也のデスクにまっすぐ向かった。
「達也、ちょっといい?」
「ん? どうした」
「屋上に、今」
その声音に、いつもの軽さはない。
達也は一瞬だけ眉をひそめ、
それでも黙って立ち上がった。
屋上。
風の音だけが、
二人のあいだを抜けていく。
「さっき、給湯室で聞いた」
直樹は前置きなしに切り出した。
「今朝、お前と恵さんが
道玄坂のホテルから出てきたって。
あのラブホ街のとこだ」
達也の表情が、ぴたりと止まる。
目だけが一瞬、かすかに揺れた。
「……見られてたのか」
「問題は“見られたかどうか”じゃない」
直樹の声が低くなる。
「お前、春奈にも気持たせて、
その状態で恵さんと二人でホテルって
この先どうするつもりなんだよ」
「違う」
達也は、顔をしかめて首を振った。
「“気持たせた”とか、
そういう言い方やめろよ。
俺は、遊んでたわけじゃない」
「でも結果として、そう見えてる」
「……あの夜は、ただ酔いすぎて、
気づいたらあそこにいたんだよ」
言い訳にしか聞こえないのは、
自分でもわかっている。
それでも、必死に続けた。
「覚えてるところもあるけど、
気がついたらベッドで、
本当に何もなかったんだ」
「それで“潔白だ”って
言い張るつもりか?」
「“二人をもてあそんでる”
みたいに言われるのは、
違うって言ってるんだ」
達也の声に、苛立ちと焦りが滲む。
「春奈のことは、本気で好きだ。
でも、あの夜は……
酔いつぶれて、ただ恵と
一晩一緒にいただけだし、何もなかった、
わざとじゃない、
何だったら恵にも聞いてくれ」
その言葉の中に、
春奈への申し訳なさと、
それでも
「自分は決定的な裏切りはしていない」と
必死に信じ込もうとする固い感情が
混ざっていた。
「じゃあ、その“わざとじゃない”で、
春奈はどう思うと思う?」
直樹の問いが、風より冷たく刺さる。
「……」
言葉を返せず、達也は唇を噛んだ。
「中途半端な覚悟で、
二人を巻き込んでるのは、お前なんだよ」
「中途半端でやってるわけじゃない!」
堪え切れず、達也も声を荒げる。
感情が爆ぜた瞬間、
直樹はぐっと一歩踏み出し、
達也の胸を押しやった。
達也も咄嗟に掴み返す。
肩と肩がぶつかり合い、
殴り合いになる一歩手前で
踏みとどまる。
二人の間で、
苛立ちと焦りだけが、
ぎりぎりのところで火花を散らしていた。
「おい、お前ら、やめろ!」
たまたま上がってきた先輩が、
慌てて間に入る。
「ここ、会社の屋上だぞ。何やってんだ!」
「……すみません」
「悪いっす」
短い言葉だけ残し、
二人はそれぞれ、
反対方向へと歩き出した。
達也は、
胸の奥で
何度も同じ言葉を繰り返していた。
(俺は、浮気なんかしてない。
ただ、あの夜が
最悪な形で重なっただけだ)
そう自分に言い聞かせるほど、
その「潔白」の輪郭が、
余計に苦く滲んでいくのを感じていた。