窓明かりの群れに揺れる
 距離はそのまま、けれど声だけは、
 なるべく柔らかく。

  「……まあ、とりあえず
  今日はここまで。
  あとは寝るだけだよ、春奈ちゃん」

 軽く冗談めかした口調でそう告げてから、
 まっすぐ目を合わせる。
 
 「さっきも言ったけどさ、明日、
  完璧じゃなくていいから。
  困ったら、一回息吸って、
  “少し考えてもいいですか”って言えば
  いいよ。」

 にっと笑ってみせるその表情は、
 からかったり期待を押しつけたり
 するものではなく、
 「大丈夫だよ」と背中を押すためだけの、
 落ち着いた大人の笑顔だった。

 「じゃあ、おやすみ。ちゃんと寝ろよ。
  もし眠れなくなったら、
  冷蔵庫に飲み物入っているから・・・」

 そう言って弘樹は、そっと部屋を後にした。

 閉まりかけたドアの隙間から漏れる
 廊下の灯りが消えると、
 春奈は胸のあたりをそっと押さえながら、
 小さく息を吐いた。

 さっきまで、
 東京で男の人と二人きりでいることに、
 どこか身構えていた。
 けれど、必要以上に近づこうとせず、
 淡々と「明日のこと」だけを話してくれる
 弘樹の様子に、胸の中の警戒心がほんの少し
 ゆるむのを感じる。
 
 (……大丈夫そう。
  ちゃんと、“頼っていい大人の人”なんだ)

 そう思えたことで、さっきより少しだけ、
 目を閉じる勇気が出てきた。
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