窓明かりの群れに揺れる

3.一次面接

 「やば……!」

 目覚まし代わりのスマホのアラームを
 止めてから二度寝してしまったらしい。

 春奈が飛び起きて時計を見ると、
 もう家を出るつもりだった時刻を
 少し過ぎていた。

 慌ててスーツに着替え、
 最低限のメイクだけ済ませて
 部屋を飛び出す。

 リビングに行くと、
 弘樹もワイシャツのボタンを留めながら、
 同じように時計を気にしていた。


 「あれ、春奈ちゃんもギリギリ?」

 「すみません、寝坊しました……!」

 「いや、こっちも似たようなもん。
  とりあえず、家出るのが先だな。
  朝ごはん、コンビニで買って食べな」

 「はい!」

 二人で玄関に並ぶようにして靴を履く。
 慌ただしいのに、なんだか少しだけ笑えてくる。

 「じゃ、行くか。駅までは同じだし、
  途中まで一緒に行こう」

 「お願いします」

 ドアを開けると、
 外はよく晴れた青空だった。

 ビルの隙間から差し込む朝の光が、
 歩道に長い影を落としている。

 「快晴でよかったな。雨の日の面接は、
  ただでさえテンション下がるから」

 「確かに……髪もスーツも大変そう」

 駅までの道は、通勤の人たちの流れで
 いつもより少しにぎやかだ。

 スーツ姿の人々に混じって歩きながら、
 春奈は手にしたフォルダをぎゅっと
 握りしめた。

 「ここからは、
  春奈ちゃんのほうが先に着くかな。
  会場、駅から近いって言ってたよな」

 「はい、駅から歩いて5分くらいです」

 「だったら余裕。
  途中で何かあっても、
  一本早い電車に乗れてるから大丈夫」

 さらっとそう言う弘樹は、
 まるで自分のことのように段取りを
 頭に入れている感じだった。

 「緊張する?」

 「……します。かなり」

 「うん、それでいいんじゃない? 
  緊張してるってことは、
 “ちゃんと受かりたい”って思ってるって
  いることだし」

 改札が近づいてきて、
 人の流れが二手に分かれるところで、
 弘樹が立ち止まる。

 「じゃあ、ここで。
  俺はあっちの路線だから」

 「はい。……行ってきます」

 人の波に押されるように改札をくぐりながら、
 春奈は何度も頭の中で「行ってきます」を
 繰り返した。

 春奈は面接会場のビルの前で
 立ち止まっていた。
 (ここ……)

 見上げれば、
 高層ビルのガラス張りの外観。

 受付フロアには、
 同じようなスーツ姿の学生たちが、
 緊張した面持ちで座っているのが見える。
 (多い……想像してたより、ずっと)

 自動ドアを抜けて受付に名前を告げ、
 案内されたフロアに向かう。

 エレベーターの扉が開いた先の
 会議室スペースには、同じ会社を受けに来た
 就活生たちが何人も集まっていた。
 (みんな、ちゃんとしてる……)

 黒いスーツ、整えられた髪、
 きちんとした姿勢。
 なんとなく圧倒されそうになったとき――

 「あれ? もしかして……春奈?」

 聞き覚えのある声がして振り向くと、
 そこには地元の高校で同じクラスだった
 恵が立っていた。

 「恵!? うそ、なんでここに?」

 「なにそれ、こっちのセリフだよ。
  まさか同じ会社受けてるとは
  思わなかった〜」

 恵は、以前と変わらない明るい笑顔で、
 でも少しだけ緊張の色をにじませていた。

 「東京の大学に来てるって聞いてたから、
  どこかで会うかもって思ってたけどさ。
  よりによって面接会場とはね」

 「ほんとだよ……でも、
  なんかちょっとホッとしたかも」

 地元の知り合いの顔を見るだけで、
 胸の奥の強張りが少しゆるむ。

 「控室で待ってる間、
  自己PRの確認でもしよっか」

 「うん!」

 二人は少し離れた椅子に並んで腰かけ、
 持ってきたノートを開いた。

 「じゃ、志望動機、もう一回言ってみて。
  私は聞き役やるから」

 「えええ、本番前に模擬面接とか……」

 「こういうの、声出したほうが落ち着くんだって
  ほらほら」

 恵に促され、春奈は小さな声で志望動機を
 話し始める。
< 9 / 122 >

この作品をシェア

pagetop