窓明かりの群れに揺れる
29.母の上京
春奈は、
達也と深くキスを交わしてからも、
最後の一線だけは、
どうしても踏み出せずにいた。
タイミングが合わなかった日もある。
女性特有の体調で、
どうしても気分が乗らない日もある。
達也はそのたびに、
ふざけたように笑ってごまかしながら、
無理にそれ以上を求めることはしなかった。
(……ちゃんと我慢してくれてるんだ)
そうわかるからこそ、
春奈の中にも、
少しずつ「今度こそは」という気持ちが
芽生えていた。
週末の金曜日。
いつもの四人で飲み会をしよう――
そんな話が持ち上がったのは、
月曜の朝のことだった。
『金曜どう?
久しぶりにみんなで飲もう!』
グループラインに、
直樹も「賛成!」とスタンプを返す。
『いいですね、行きたいです』
春奈もそう返しながら、
胸の奥でそっと決意を固めていた。
(今度の金曜日は……
もし流れがそうなったら、
今度こそ、ちゃんと向き合おう)
達也も、
どこかいつもよりそわそわしているように
見えた。
『金曜、楽しみにしてる』
個別のメッセージには、
それ以上のことは書かれていない。
けれど、その一文の奥にある期待を、
春奈はうすうす感じ取っていた。
そんな矢先――
木曜日の夕方、スマホが震えた。
「……お母さん?」
画面には、地元の番号。
通話ボタンを押すと、
少し疲れたような母の声が聞こえた。
『あのね、春奈。明日の午後、
東京の病院に友だちのお見舞いに
行くことになってね』
『大丈夫、一人で行けるから』
と言いながらも、どこか不安そうな
響きが混ざっている。
「私、東京駅まで迎えに行くよ。
会社、有給取れるか聞いてみるから」
心配が先に立ち、春奈は即座に
そう提案していた。
急遽上司に頭を下げ、
明日の金曜の午後からの有給をもらう。
春奈はグループラインに
メッセージを送る。
『ごめん、
明日のお店予約してくれてたのに……
母が東京に来ることになって、
急遽付き添うことになりました。
飲み会、欠席します』
直樹はすぐに
『そっか、お母さん大事にしてあげて!』
と返してくる。
恵も『また今度やろ〜!』と
明るいスタンプを送ってきた。
達也からは、少し間をおいてから、
『そっか。お母さん心配だよな。
また落ち着いたら、改めてご飯行こう』
と、短いメッセージ。
その文面の向こうにある「がっかり」を、
春奈は感じないふりをした。
(ごめんなさい……)
胸の奥で、小さく謝る。
恵は、一人だけ画面を見つめながら、
誰にも聞こえない溜息を落としていた。
(……正直、ホッとしてる自分がいる)
金曜日は早退して、東京駅で母と合流し、
そのまま病院へ向かう。
幸い、
友人の容体は落ち着いているようだった。
安心した母の顔を見ているうちに、
春奈の中で
「せっかくだから、今日は泊まっていって」
と言葉が自然に出ていた。
「明日は、ちょっとだけ東京観光しようよ」
『え、悪いわよ』
と言いながらも、母はどこか嬉しそうだ。
達也と深くキスを交わしてからも、
最後の一線だけは、
どうしても踏み出せずにいた。
タイミングが合わなかった日もある。
女性特有の体調で、
どうしても気分が乗らない日もある。
達也はそのたびに、
ふざけたように笑ってごまかしながら、
無理にそれ以上を求めることはしなかった。
(……ちゃんと我慢してくれてるんだ)
そうわかるからこそ、
春奈の中にも、
少しずつ「今度こそは」という気持ちが
芽生えていた。
週末の金曜日。
いつもの四人で飲み会をしよう――
そんな話が持ち上がったのは、
月曜の朝のことだった。
『金曜どう?
久しぶりにみんなで飲もう!』
グループラインに、
直樹も「賛成!」とスタンプを返す。
『いいですね、行きたいです』
春奈もそう返しながら、
胸の奥でそっと決意を固めていた。
(今度の金曜日は……
もし流れがそうなったら、
今度こそ、ちゃんと向き合おう)
達也も、
どこかいつもよりそわそわしているように
見えた。
『金曜、楽しみにしてる』
個別のメッセージには、
それ以上のことは書かれていない。
けれど、その一文の奥にある期待を、
春奈はうすうす感じ取っていた。
そんな矢先――
木曜日の夕方、スマホが震えた。
「……お母さん?」
画面には、地元の番号。
通話ボタンを押すと、
少し疲れたような母の声が聞こえた。
『あのね、春奈。明日の午後、
東京の病院に友だちのお見舞いに
行くことになってね』
『大丈夫、一人で行けるから』
と言いながらも、どこか不安そうな
響きが混ざっている。
「私、東京駅まで迎えに行くよ。
会社、有給取れるか聞いてみるから」
心配が先に立ち、春奈は即座に
そう提案していた。
急遽上司に頭を下げ、
明日の金曜の午後からの有給をもらう。
春奈はグループラインに
メッセージを送る。
『ごめん、
明日のお店予約してくれてたのに……
母が東京に来ることになって、
急遽付き添うことになりました。
飲み会、欠席します』
直樹はすぐに
『そっか、お母さん大事にしてあげて!』
と返してくる。
恵も『また今度やろ〜!』と
明るいスタンプを送ってきた。
達也からは、少し間をおいてから、
『そっか。お母さん心配だよな。
また落ち着いたら、改めてご飯行こう』
と、短いメッセージ。
その文面の向こうにある「がっかり」を、
春奈は感じないふりをした。
(ごめんなさい……)
胸の奥で、小さく謝る。
恵は、一人だけ画面を見つめながら、
誰にも聞こえない溜息を落としていた。
(……正直、ホッとしてる自分がいる)
金曜日は早退して、東京駅で母と合流し、
そのまま病院へ向かう。
幸い、
友人の容体は落ち着いているようだった。
安心した母の顔を見ているうちに、
春奈の中で
「せっかくだから、今日は泊まっていって」
と言葉が自然に出ていた。
「明日は、ちょっとだけ東京観光しようよ」
『え、悪いわよ』
と言いながらも、母はどこか嬉しそうだ。