窓明かりの群れに揺れる

30.陶酔のはざまに彷徨う、恵の長い夜

 金曜日の夜。
 結局、
 飲み会は三人で決行されることになった。

 会社の近くの居酒屋。
 いつものように、上司の愚痴と
 プロジェクトの話
 くだらない雑談で盛り上がる。

 「課長さぁ、あの資料見て“いいね”
  しか言わないの、本当に腹立つんだけど」

 「それな」

 「わかる〜、こっちが徹夜した意味!」

 笑い声と、ジョッキのぶつかる音。
 気づけば、ハイボールのグラスは
 何杯目かわからなくなっていた。

 「そろそろ皆やばそうだし、
  お開きにしない?」

 直樹が時計を見て言う。
 三人とも、立ち上がるときには
 足取りが怪しくなっていた。

 駅へ向かう夜道。
 ふらつきながら歩く三人は、
 さっきまでの居酒屋のテンションを
 そのまま引きずっていた。

 「いやマジでさ、
  部長の“とりあえず検討しておいて”って、
  なんなんだよな」

 「わかる〜。
  あれ“やっといて”の意味だからね」

 「課長も課長で、
  “若いもんに任せてるから”って、
  責任だけスルーするし」

 上司の悪口と愚痴で、
 盛り上がりはまだ続いている。
 改札前で、直樹が立ち止まった。

 「じゃ、俺こっちだから。
  今日はありがとな」

 「おつかれ〜!」

 「気をつけて帰れよー」

 直樹が別方向のホームへと消えていき、
 残った達也と恵は、同じ路線の改札を抜けた。

 「二人だけで電車乗るの、
  なんか久しぶりだね」

 「だな。
  いつも誰かしら一緒だからな」

 電車の中でも、しばらくは
 上司の悪口の“続き”だった。

 誰が一番パワポが下手だとか、
 誰のネクタイのセンスが壊滅的だとか。
 くだらない話で笑いながら、
 アルコールはさらにじわじわと
 回っていく。

 やがて、乗り換え駅のアナウンスが流れた。

 「あ、私ここで乗り換えなんだよね」

 「じゃあ、ここでお別れか」

 ホームに降り立った瞬間、
 深夜の空気が、火照った頬にひやりと触れた。

 改札へ向かおうとする達也の袖を、
 恵がふいに指先でつまむ。

 「ねえ」
 「ん?」

 「このまま帰るの、もったいなくない?」

 「……もったいない?」

 「だって、明日お休みでしょ。
  もうちょっとだけ、悪口の続きしようよ。
  あっちに遅くまでやってる店あったはず」

 指さした先には、
 チェーン系居酒屋の看板が光っている。

 すでに足取りはおぼつかないのに、
 その誘いは不思議と断りづらかった。

 「……まあ、どうせ明日は休みだしな」

 「でしょ?」

 そんな軽いやりとりのまま、
 二人はふらふらと駅近くの店へと歩き出した。
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