窓明かりの群れに揺れる
 深夜まで営業しているチェーン居酒屋。

 金曜の遅い時間のわりには、
 店内はまばらだった。

 「かんぱーい!」
 「……かんぱい」

 さっきまでの一軒目で
 十分に酔っているはずなのに、
 グラスはまたひとつ、テーブルに並ぶ。

 「で、さっきの課長の話だけどさ……」

 上司ネタから再び会話が始まり、
 笑い声とため息がテーブルの上で
 交互にこぼれていく。

 何杯目か分からない
 ハイボールを空けたころ、
 恵はグラスを指でなぞりながら、
 ふっと話題を変えた。

 「ねえ、達也くん」
 「ん?」

 「春奈ちゃんと、最近どうなの?」
 「どうって?」

 「だから、どこまで進んでるのかな〜っていう
  女子的興味」

 酔いが回っているせいか、
 言い方はいつもより少しだけストレートだった。

 「……キスまで、かな」

 ぽつり、と落ちる言葉。

 「いい雰囲気になることはあるんだけどさ。
  体調悪そうだったり、タイミング合わなかったり
  無理はさせたくないし」

 笑い混じりに言いながらも、
 その奥に抑え込んできた
 ムラつきが滲んでいるのを、恵は感じ取った。

 「そっか……」

 軽く相槌を打ちながら、
 胸の内側では、
 別の感情がゆっくりと膨らんでいく。

 (まだ、“その先”までは行ってない)

 安堵と、
 言葉にしにくい小さな優越感が、
 酔いと一緒にふわりと混ざり合う。

 グラスは、またひとつ空く。

 達也の言葉は、だんだんと滑らかさと、
 危うさを増していく。

 「たぶん俺、ガキなんだよな。
  わかってるけどさ、やっぱり……
  求めちゃうところあって」

 「……それ、
  悪いことじゃないと思うけど」

 恵も笑って返しながら、
 心のどこかで
 “決心”みたいなものが、
 静かに形を取り始めていた。
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